ケミカルライトによる”事故”のリスク報道について考えた

[日記・コラム・つぶやき]

以下長文。お時間のある人以外はご遠慮ください。

「夏場になると、夜店などで売られているケミカルライトで子供がけがをする事故が増えるので、保護者は気をつけよう。」こういう主旨の記事が8月8日以降、新聞各社から報道されている。一種のリスク報道といって良いだろう。小さな記事だけに、限られた字数で読者に何を知らせるか、新聞社のポリシー、記者と編集の技術が問われる。

もともとのニュースソースは東京消防庁江戸川消防署が7月31日以降に公表したおしらせらしい(この”おしらせ”の公表の日付は確認していません)。おそらくは、このあとに続くのが、

  1. 8/7、PJオピニオン、毎日新聞
  2. 8/8、時事通信
  3. 8/8、産経新聞
  4. 8/11、朝日新聞
  5. 8/15、地方新聞 19社
  6. 8/16、共同通信日本経済新聞

※ 読売新聞は確認できず。

新聞社によって重点を億ポイントが違っていて、その書きぶりがなかなか面白い。

時事通信は、次のように事実を述べたのみ。

ケミカルライトで負傷14人=液体が目に、誤飲も− 注意呼び掛け・東京消防庁

2007年8月8日(水)19:37

 夏祭り会場などで売られるケミカルライトが破損し、中の液体が目に入るなどの事故が2年4カ月間に東京都内で12件発生し、 14人が負傷していたことが、8日までの東京消防庁のまとめで分かった。

 負傷者の大半は子供で、同庁は発生時期が夏場に集中しているため、注意を呼び掛けている。

 ケミカルライトは棒やブレスレットなどの形状がある。使用時に軽く折り曲げると、二重構造の内側のガラス容器が割れ、 シュウ酸化合物と過酸化水素が混合し、化学反応で発光する仕組みだ。

 同庁によると、2005年4月以降に12件の事故があり、14人が負傷。このうち10歳未満が13人で、液体が目に入ったのが10人、 誤飲が4人だった。

産経新聞は保護者の取るべき対策についても、しっかり述べている。

蛍光ブレスレット、ペンライト 破損、 飛び散りけが

2007年8月8日(水)05:46

 ■都内14件、 消防庁注意呼びかけ

 夏祭りやコンサート会場などで売られているペンライトやブレスレットの形をした発光性の 「ケミカルライト」が破損して、中の液体が飛び散り、児童らがけがをする事故が東京都内で平成17年4月以降、 14件起きていたことが7日、東京消防庁のまとめで分かった。夏本番を迎え、子供たちがケミカルライトを手にする機会が増えることから、 同庁は注意を呼びかけている。

 東京消防庁によると、病院に搬送された14件のうち、11件が7月と8月の夏場に集中。 今年に入っても、東京都八王子市で7月31日、4歳の女児が夏祭りで買ったケミカルライトで遊んでいたところ、 ライトが折れて中から飛び出した液体が目に入った。女児は充血などの軽傷を負ったという。

 事故を年齢別にみると、1歳から9歳の子供が大半で、いずれも軽傷だったが、17年7月には、 板橋区の3歳の男児がライトをかじって液体を飲み、入院する事故も発生していた。

 ケミカルライトは外装スティック内に、 シュウ酸化合物と過酸化水素それぞれの液体が入った容器が封入されている。外装スティックを折って中の容器を破ることで、 両方の液体が混合し、化学反応で発光する仕組みだ。

 毒性は極めて低く、飲んでも、半数が死亡すると推定される量は体重1キロあたり17グラムで、 ケミカルライトの液体は通常3グラム程度。「誤飲しても、口をゆすいだり、水を大量に飲ませて液体を吐かせれば大丈夫」(同庁)。

 ただ、皮膚が炎症を起こしたり、飲んで気分が悪くなったりするケースもあるという。 東京消防庁は、ライトを折り曲げる際、顔から離したり、液体が顔についた際は、すぐに洗い流したりするなど、 取り扱いについて注意を呼びかけている。

一方、朝日新聞はというと、

ケミカルライトの液体でけが、子どもの被害相次ぐ

2007年08月13日15時53分

 夏祭りやコンサート会場で販売されている発光性の「ケミカルライト」が破損し、 漏れ出た液体が目に入るなどして子どもがけがをする例が相次いでいることが、東京消防庁の調査でわかった。05年4月以降、 都内で誤飲も含め14人が病院に搬送された。夏休み中の発生が多く、同庁は「強く折り曲げたりぶつけたりしないように」 と注意を呼びかけている。

 同庁によると、14人のうち13人が1〜9歳の子ども。今年7月31日には八王子市で、 4歳女児が祭りで買ったケミカルライトが破損し、中の液体が飛び散って目に入り、炎症を起こした。 液体が付着した指で目をこすって痛みを訴えたケースや、3歳男児が誤飲して入院した例もある。

 ケミカルライトはブレスレットや棒の形。大手メーカーのルミカによると、 筒を折り曲げるとガラスが砕けて二つの液体が化学反応を起こし発光する仕組みという。

 中の液体は1〜10グラムと少量で、毒劇物は含まれない。 飲んだ場合の致死量は体重1キロあたり約17グラム。液体が目に入ると痛みを伴う場合があるが、ルミカは 「水で洗い流せば大きな健康被害には至らない」としている。

三社三様だが、 これらの記事で取り上げられているハザード(危害)は、いずれもケミカルライトが破損し、中の液体が目に入り、炎症を起こしたことである。危害の対象はいずれも子供で、危害が生じる場合は、ケミカルライトが破損した場合に限られている。また、身体に対する影響は目の粘膜に対する刺激について述べられているが、新聞では入院した3歳児にはどのような危害があったかは述べられていない。また、 「飲んだ場合の致死量は体重1キロあたり約17グラム。」とある。

これらの記事を読んだ大人が知っておくべき情報は、まず子供がケミカルライトを破損させない安全な取扱であり、次に破損した場合には中の液体に触れないこと、触れた場合には目に入らないようによく洗うこと、そして目に入った場合にも水でよく洗うことである。また、誤飲した場合に健康被害が想定されるのであれば、その対応も必要と考えられる。何を伝えることが新聞の使命かは知らないが、朝日記事には市民が危害を未然に防止するための情報が欠けている。一方、産経新聞の記事では、ケミカルライトを折り曲げた際に破損しても中の液体が顔に付きにくくする取扱と、液体が顔に付いた場合の応急処置、そして誤飲した場合の措置を述べている。

次に、朝日新聞では「飲んだ場合の致死量」とあるが、これはケミカルライトにはヒトの致死量が明らかにされている物質が含まれていると言うことだろうか? 一方、産経新聞の記事では、「毒性は極めて低く、飲んでも、半数が死亡すると推定される量は体重1キロあたり17グラムで、ケミカルライトの液体は通常3グラム程度。「誤飲しても、口をゆすいだり、水を大量に飲ませて液体を吐かせれば大丈夫」(同庁)。」とあり、こちらも毒性の評価が先に述べられており、万一の場合の応急措置も的確に書かれている。

財団法人日本中毒情報センターのデータベースによれば、「成分はフタル酸ジブチルなどの溶剤約90%、発光物質0.16%、触媒約10%。」「商品として:マウス経口LD50 約 9g/kg 毒性はほとんど溶剤によるものと考えられるが、一つの商品に含有される液体の量は約0.05〜1.5mL であり、 大きいものでも10mL 程度であるため、全量を摂取したとしても急性中毒をきたす可能性は少ない」(M70079.pdf) とある。LD505-15 g/kgの物質であれば事実上無毒(practically nontoxic) とされており、マウスにおける食塩の腹腔内投与のLD504g/kgであるであることを考えれば、 ケミカルライトの内容物の毒性は食塩の1/2程度であると言える。従って、 ケミカルライトの内容物を誤って全量飲んだとしても急性中毒をきたす可能性は少ないとする日本中毒情報センターの情報からしても産経新聞の記事における毒性の評価は妥当であろう。

一方、 上記の事例を知った市民の反応を、インターネット上のblogから抽出してみよう。

調査方法は、8月15日までの1週間に更新されたblogのうち、キーワードとして“ケミカルライト” を含むものについて1. Google ブログ検索(281件) 2. Yahoo Japanブログ検索(153件) で抽出した。1., 2.のデータは重複を許すものになっている。

  1. 総数281件、事故を含む:123件、けがを含む:69件、危険を含む:11件、 危険と事故を含む:3件、毒を含む: 3件
  2. 総数153件、事故を含む:78件、けがを含む:43件、危険を含む:37件、 危険と事故を含む:19件、毒を含む: 9件

事故に対する反応は約半数、けがに対する反応はその半分であり、 毒性に対する関心はそれらよりも相対的に低いことが分かる。以下に、具体的なエントリーを2つ示してケミカルライトの毒性についての反応を比較してみよう。

 ニュースソースが朝日新聞であることが特定できるblogの一つ、

http://jetworks.air-nifty.com/sonae_areba/2007/08/post_2a92.html

では、 「劇毒物は入っていないようですが、致死量が体重1kgにつき17g(上記記事より)とそれなりに危険ではあるようです。」 と述べられており、筆者が毒性については「それなりに危険」と判断していることが分かる。これは、 ニュースソースにおいて毒性が評価されていないことが影響している可能性がある。一方、

http://azumy.seesaa.net/article/51346516.html

では、 同様に朝日新聞の記事をニュースソースとしているが、 毒性についての判断にあたっては、 日本中毒情報センターのデータベースを参照し、毒性は主に溶剤に由来すること、 有機溶剤を多量に経口摂取すると毒性があること、 ケミカルライト自体に含まれる有機溶剤は少量であること、 高濃度の経気道摂取の場合呼吸障害があること、 ただし揮発性は低いので通常は大量に気道に吸い込む可能性が低いこと、 接触による粘膜の炎症やアレルギー性皮膚炎の可能性があること、を述べている。なお、この記事自体は、前者のblogからの情報を元に書かれている。

これらは同じ朝日新聞の記事をニュースソースとしたblogのエントリーであるが、 後者の筆者は元医療関係者とのことで毒物に対する知識水準が高く、新聞記事以外の情報源の探し方も知っているため、 新聞記事の記述によらずケミカルライトの中の液の毒性について客観的に評価できたものと考えられる。一方、 化学物質の毒性について特に知識を持たない市民は、前者のblogの筆者のように、記事の内容から「それなりに危険」 と判断するかもしれない。

つまるところ、 リスクコミュニケーションを実効性のあるものにするためには、 リスクコミュニケーションの一端にいるマスメディアと市民の教育も重要ではないだろうか。

例えばお茶の水女子大学LWWCもまた、国内におけるキャパシティービルディングの一端を担っていると言えるが、 参加人数が少ないことや、参加者はそこから得られた知識を普及させる立場にあるとは限らないことから、 その波及効果も自ずと限定されたものにならざるを得ない。従って、今後は市民の知的基盤の底上げのためには、 市民に知識を伝えるマスメディア自体の能力開発と、教育を通じて幅広い年齢階層の市民に対して働きかける必要があることから、 中等・高等教育の段階からの教育が重要である

・・・って誰がやるのかな。相当大変です。 以上LWWC108に提出した最終レポートを再編集しました。

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