11/6、12ヶ月点検でディーラーに車を預けた。近くで食事をして、時間が余ったので喫茶店に寄った。暇つぶしに見たものは、ゴルゴ13の第132巻。3話目「少女サラ」(第386話)には、パリを舞台に組換え大腸菌バイオテロをもくろむテロリストが登場する。
#ちなみに、表題の「G13型トラクター」とはゴルゴ13への仕事の依頼の方法である。新聞の三行広告G13型トラクターの取引希望と掲載すると、スナイパーへの仕事の依頼の暗号になっているらしい。今時ならば、インターネットの掲示板に書くとかそんなところだろうか・・・。

 話の中で、いくつか気になる点があったので思いつくままにリストアップしてみる。
1. 紙片に書かれたPCR用のプライマーの塩基配列なるものが登場する。なぜか一個だけ。配列が2つないと目的遺伝子のPCRはできないよね。また、配列のGC含量は17%程度と非常に低く、反復配列を含んでおり、PCRにはおよそ不向きである。

2. コレラ菌の毒素をクローニングするとのことだが、コレラトキシンは2種類のサブユニットの組合せで構成される5量体なので、一個の遺伝子では毒性を発揮しない。二個の遺伝子が単一のオペロンを形成しているとのことだが、導入しても大腸菌で正しい立体構造をとるかどうかは・・・。

3. コレラトキシンは、それ自体は腸管の上皮細胞を殺すことでヒトに激しい下痢と嘔吐をおこさせ、脱水症状によって死に至らしめる。きちんと輸液ができる先進国であれば、脱水症状に対処できるので致死率はさして高くないはずである。致死性の毒という意味では、ボツリヌス毒素など即効性の神経毒のほうがよほど危険である。

4. 通常、遺伝子組換えに使われる大腸菌(K-12由来株、B株由来株など)は環境中での生存率は著しく低い。そもそもヒトには感染しない。この目的には、O157など腸管出血性大腸菌そのもののほうがよほど適している。ただし、O157の遺伝子組換えをするのであれば、おそらく作品中にあるようなヒートショックは使えない。他の菌株との接合で遺伝子を導入するか、ファージを使うか、エレクトロポレーションをすることになる。

5. 何かの淘汰圧がかからない状態で、プラスミドで導入した外来遺伝子を安定に保持するのは難しい。相同組換えでゲノムに組込んだ方が、より安定させることができる。さもないと、せっかく導入した毒素遺伝子が抜け落ちてしまう。

6. 大腸菌の遺伝子組換えを行うには100万フランかかる(1フラン=25円だと、2,500万円)という記述があった。PCR(安いのは30万くらい)、インキュベーター(パーソナル型なら4万くらい)、シェーカー(10万くらい)、酵素(1.5万くらい)、蛍光染色液(2万くらい)、ブラックライト(数千円)、電気泳動槽(3万くらい)、ピペット(3本で10万くらい)、etc.家庭用品ではまかなえないものを新品で買い揃えても、安いものを選べば100万円(4万フラン)でお釣りがくる。出来合いの無菌状態の培地やディスポの器具を使えば、実験スペース自体は一般の住宅でも大き目のビニール袋でほぼ無菌の状態を作れば十分やれる。

7. バイオテロによる恐怖は、ヒトからヒトへ感染する病原体であって、潜伏期間がある程度長く(数日から数週間)、致死率が高く、予防法も治療法もなく、死にざまが悲惨であるほど増大する。コレラトキシンを作る大腸菌は、これらの条件に照らして、ほとんどの点において失格である。
# 余談であるが、テロに使用可能な病原体は上記の条件のほか、容易に失活しないものでなくてはならない。紫外線や乾燥で簡単にへたるような病原体は野外に散布してもすぐに機能を失う。また、潜伏期間が短いものは、すぐに症状が顕在化するため患者の隔離が容易なので伝染しにくい。たとえば、SARSコロナウイルスなどは、異常に高い伝播力にもかかわらず、SARSについての情報が広まった後には、患者の隔離に成功した要因は発病までの期間が短かったためであろう。週刊誌などで"SARS人工ウイルス説"が取り上げられたが、あまり潜伏期間が短い病原体は兵器としても失格である。逆に、潜伏期間があまり長いもの(たとえば、死に至るまでに20年かかるような・・・)は、目的達成以前にテロリストのほうが先に死ぬか、被害者がほかの原因で死ぬ可能性が高い。

かのバイオテロを企てたテロリストは、上記のようにプランをしっかり練らない上に、貧乏な大学院生に金を渡してプラスミドを構築させていた。もし、構築させたプラスミドがきちんと機能しなかったらどうする気だったのだろう?動物実験くらいはちゃんとやらないと効果を検証できないだろうし。

事の善悪はさておき、そんな按配にプランが杜撰だから失敗したのだな・・・。仕事を依頼するなら、きちんとしたコンサルティングのできる、腕の確かな研究者に頼みましょう。

# 私?頼まれても、お断りします。 やる気があるならこんなこと書きませんって。