以下はフィクションである。似たような話は時折聞くが。

私の居る部署の若い衆が電話を受けて何か話している。

若:「Dさん。DNAに詳しい人を出せとおしゃって居るのですが、お繫ぎしてよろしいですか?」

D(私):「はいよ。受けますよ。」

-----

O:「あー、もしもし」

D:「はい、お電話変わりました。」

O:「私は、宮城県のOと申しますが、DNAに詳しい人と話をしたいのですが。

D:「はぁ、私でよろしければ」

O:「あのう、日本の生物学教育では、進化論を教えていますよね。あれは色々な考え方のある中での一つの説であって、他にも考え方があるわけです。」

D:「と、仰いますと?」(多分、アメリカで創造説を教える州があることを引き合いに出すな!)

O:「アメリカでは進化説の他に、生物は神が創ったという創造説を教えますが、どちらを採るかは生徒に選ばせます。」

D:(本当かいなと思いつつ)「生徒に選択させているかどうかは存じませんが、確かにそのような州もあるとは伺っております」

O:「カナダでは、進化説と創造説のほかに、人類は宇宙人が作ったという説を教えています」

D:「ほ、本当ですか!」(あぁ、困った。こりゃー困った。)

O:「そうです。事実は、人類は宇宙人が作ったのです。しかし、日本の教育では進化説しか教えない。
選択の余地がないというのは本当に困ったものです」

D:(困ったものってどっちのことだい!と思いつつ)「それで、あなたはここに電話してきて、一体どうなさりたいのですか?日本の教育現場でも人類は宇宙人が作ったと教えろと、そう仰りたいのですか?」

O:「そうして頂けるとありがたいのですが」

D:「それで、人類は宇宙人が作ったという事実は、どなたか研究なさっている方がおいでなのでしょうか?」

O:「ある人が、確かに宇宙人が作ったのだと、そういっています。」(確信的にきっぱり。)

D:「もしかして、その、確信を持っていらっしゃるからには、あなたのお知り合いに宇宙人がいらっしゃるんですか?」

O:(やや間があって、ちょっとうろたえ気味に)「・・・いや、ある人がそういっているのです。」

D:「科学的に正しいと言われていることというのは、どこかの誰とも分からない人が、こう言ったというだけでは通用しないんです。
多くの研究者が検証して、確かだと言える事だけが長い時間の中で残っていって、それが事実として認められるんです。
研究の積み重ねもないものをいきなり学校で教えろって言うのは、あまりに乱暴に過ぎませんかね。それとも、どなたか研究してらっしゃるんですか?」

O:「あんたは、そうやって理屈を言うけれども、人間は時には直感に従うものです。人間が多くの生き物の中で唯一、宇宙に行きたいと思うのは、宇宙人が作ったからです。そうでなくて、どうして宇宙に行きたいと思うんですか。ところで、あんたは、DNAは人間の設計図だと思いますか」

D:(直感で研究が成り立つならうらやましい限り、と思いつつ)「いえ。あなたの仰るDNAというのが、デオキシリボ核酸であったとしての話ですが、DNAは人間の設計図ではありません。ただの物質です。設計図の図面に例えるならば、DNAは紙やインクのようなものです。それが人の設計図といえるようになるには、遺伝情報を伝えられうように決まりをもって並んでいなくていけません。言い換えると、
DNAの並んでいる順番によって決められる情報そのものが設計図に近いものです。DNAそのものは設計図では、ありません。」

O:「人と猿の違いだって、DNAで決まっているんだから、設計図じゃないですか。」

D:(この人は媒体と情報の区別がつかないのだなと思いつつ)「最近、ヒトとサル、チンパンジーですが、
その遺伝子多数を比較したという論文が出ているのですが
、それによると、遺伝子の数で言えば98.6%までが共通で、違っているのは1.4%くらいだということです。しかし、ヒトをヒトたらしめているものが、わずか1.4%であるという数の議論は、この際あまり重要ではないんです。全体が構造的にどんなに似ていても、遺伝子の働きを決める部分が大きく違う場合もありますし、そういった少しずつの構造的な積み重ねで、見かけが大きく変わることもあるんです。遺伝子の本質的な意義は機能にあるんですよ。」

O:「あんたね、DNAの専門家なのか?」

D:(自分でDNAに詳しいやつを出せといったくせに!とおもいつつ)「DNAの多様性の解析で学位を頂いております」

O:「あんたね、人間がいくら賢いったってね、宇宙人から見ればね、2万5千年は遅れてるんだ!
サルにはサル並みの教育しかできんのか、あーあ。ガシャ、ツー」

D:「2万5千年って・・・。」

-----

D:「おい、若い衆。」

若:「はい?」

D:「技術的な相談の電話は受けるけどね、今のみたいなのは困るんだよね。人間を作ったのは宇宙人だ、それを学校で教えるべきだ、なんていうのは。おれ、宇宙人の専門家じゃないし。私の電話は、外から直通ではかからないようになってるんだから、君がファイアウォールになってくれないと困るじゃないか!」

若:「宇宙人って・・・。ボクが話してたときはそんなこと言ってなかったんですけどね。」

D:(うんうん。あんたなら話が合うんだろうなぁ、と思いつつ)「人に電話を繋ぐときは、用件をよく確かめてからにしてください!」

隣で聞いてたNさんは、「そんな電話でDさんを遊ばせてちゃ、だめじゃない。仕事してもらわないと!」ですと。

・・・というある日の妄想であった。

もっとも現実は、限りなくこれに近い。

人工衛星に狙われている!という人

−携帯用小型核融合炉の図面をFaxで送ってくる人

−秘密機関につかまって手術されて何か埋め込まれた!という人

−いい賃貸の物件があるんですが、投資してみませんか?という人

三者よりは幾分現実的だが、私どもにそんなお金があると信じ込んでいるあたりの現実遊離は、どっこいどっこいである。
この手の勧誘はハイカラげな会社名を言って、前任者のO坪さんにお話がある、といってファイアウォールを潜り抜けてくることがある。