日本のイネ、ジャポニカの直接の源流は「南」なのか?
生物研の井澤さん達がイネの種子の幅を狭くする遺伝子qSW5 を単離して、その構造変異の地理的分布を調べた。
結果を要約すると、以下の通り。
- qSW5は第5染色体にあり、F2集団の粒の幅の変異の38.5%を説明するQTL。
- 日本晴の遺伝的背景にKasalathの染色体断片90 kbpをもつSL22系統の観察から、
Kasalath型では外穎の上皮細胞が減ることを発見。 - 分離後代の精密なMappingで表現型に関係のある変異を2,263 bpsの領域に絞り込み。
- その領域に、日本晴では1,212 bpsの欠失変異を同定。
- qSW5を含む領域のゲノム断片で、相補性を確認。RNAiで形質転換体の粒幅増加を確認。
- qSW5, Wx(もち・うるち性)、qSH1(脱粒性)
の3遺伝子について、アジア各地の在来種遺伝資源の遺伝子頻度を確認。 - 各地域での各遺伝子の変異の順番を推定。
- qSW5と栽培化に関連するqSH1の欠失型変異は中国に起源する。
変異発生の順番はqSH1の方が後らしい。つまり、
qSW5欠失型集団から栽培化が進んできたらしい。
大雑把に言うとこういう成果だ。新聞各紙の見出しは以下の通り。
日本米 ルーツは東南アジア 農業生物資源研究所グループ 遺伝子を比較・調査 (産経新聞)
日本のイネ・ジャポニカ 「南に源流」 遺伝子研究で解明 (朝日新聞)
農業生物資源研:米粒の幅決める遺伝子発見 (毎日新聞)
米の大きさを決める遺伝子を発見 飼料用開発に期待/生物研など(日本農業新聞)
二誌の見出しは、”は?コメの幅を決める遺伝子の話は・・・?”という感じ。しかも、イネという植物の起源地、ジャポニカというタイプの発生と栽培の起源地の区別が付いていない。「日本米」って何なんだ?「南に源流」って、「欧米原産」並のアバウトさ加減だが?日本農業新聞はさすがに応用側面に注目した切り口だ。
ジャポニカというタイプの発生は、東南アジア起源。これは従来と変わらない。栽培化に関係する非脱粒性の獲得は中国と考えられ、しかもそれは温帯ジャポニカらしい粒幅の広い姿になるqSW5の欠失変異発生の後、という発見が新しいのだが。
ちなみに、生物研広報のプレスリリースはこちら。
コメの大きさを決める遺伝子を発見! 日本のお米の起源に新説!
ブルータス・・・おまえもか!この仕事は、「お米」の起源についての新しい情報なのか?イネの起源ではなく栽培化された後の収穫物である「お米」の起源であると言えば言えなくはないのだが。ちなみに、生物研のプレスリリースでは次のようにも言っています。
従来、温帯ジャポニカイネの起源は、考古学的な水田遺跡の年代推定や遺跡から見つかったコメの遺物のDNA鑑定から中国の長江流域と考えられていました。今回の解析結果では、qSH1遺伝子の変化をもつ系統が中国や日本でしか見られず、東南アジアでは見つかりませんでした。このことと従来得られている証拠から、1.現在東南アジアで陸稲として栽培されている熱帯ジャポニカイネがジャポニカイネの起源に近い、2.熱帯ジャポニカイネが中国に伝わって長江流域で水田化され、温帯ジャポニカイネが生まれた、3.温帯ジャポニカイネが更に日本に伝わった、と考えられます
前段の従来の説「温帯ジャポニカイネの起源は、(略)中国の長江流域」と、今回の発見「長江流域で水田化され、温帯ジャポニカイネが生まれた、3.温帯ジャポニカイネが更に日本に伝わった」という二つの記述は、「日本に伝わってきたイネは長江流域で栽培されていた温帯ジャポニカである」という点では何ら矛盾しない。ただし、従来の説は中国長江流域で栽培化された、とまでは踏み込んでいない。
今回の発見の新しいところは、温帯ジャポニカは栽培型でない(かもしれない)陸稲型熱帯ジャポニカが長江流域で水田栽培されるようになって、水田作物として成立したと言うところにあるはず。
生命現象は時間軸に沿って連綿と続いている。だからこそ、いつどこでイネになったのか、いつどこでジャポニカになったのか、何時どこで作物になったのかという問題はきちんと整理して理解しなくてはならない。「起源」という言葉を使うときには、「何の」起源なのか定義できなければ何の情報も与えないことになる。
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