MapからAtlasへ

もう20年近く経とうとしているが、かつてBody Mapというプロジェクトがあった。ヒトの全身の組織で発現している遺伝子を網羅的に明らかにしようという意欲的な試みだった。ヒトのゲノムの全体像が明らかになるよりも前に、どのような遺伝子が体のどの部位で発現しているかをカタログ化して地図(Map)にすることを目指していた。

ヒトはもちろんイネでもゲノムプロジェクトは終了して、ゲノムの全体像がすでに明らかになっており、発現している(あるいはその可能性もある)遺伝子をガラスやシリコン基板上に配置したマイクロアレイが開発されている。最近では、こういったツールを使って、体の各部分でどの遺伝子がどの程度発現しているかをカタログ化して地図帳(Atlas)にするプロジェクトの成果が公表され始めている。生物の組織は単なる固まりではなく、性質の違う細胞が規則性を持って構造を形作っていることから、細胞の種類ごとに高分解能の解析を行っているところが特徴だ。

Jiao Y, Lori Tausta S, Gandotra N, Sun N, Liu T, Clay NK, Ceserani T, Chen M, Ma L, Holford M, Zhang H, Zhao H, Deng X, Nelson T. A transcriptome atlas of rice cell types uncovers cellular, functional and developmental hierarchies [Internet]. Nat Genet. 2009 Jan 4

もうMapではなくてAtlasなのだ(単にMapの拡張としてのAtlasというだけでなく、古くから解剖図をAtlasと呼んでいることも関係しているのだろう)。しかも、この空間的な分解能の高さを思うと感慨深いものがある。

あまり正確な言い回しではないが、こういった網羅的な大規模解析では、解析のスケールが大きくなり分解能が上がればあがるほど、解析の結果は全体としては「抽象化されていない生の現象」に近づく。

例えて言うなら、現象の「全体像」は非常に分解能の高い天体望遠鏡で撮影した天文写真に近いかも知れない。暗い画像の光点の部分を拡大すると、銀河が写っており、さらに拡大すると個々の恒星の集団が見え、さらに拡大すると恒星の周りにガスの雲やひょっとすると惑星まで見える。しかし、写真の全体像としては星雲が点のように散らばった黒っぽい夜空が写っている。

そしてAtlasの次に来るもの

個々の細胞内で発現している遺伝子の全体像(transcriptome)や、代謝の全体像(metaborome)も全体を見渡しても、天体写真を漠然と眺めた時のように、その全体像はもはや我々の理解力の限界を超えている。3次元でさえ既にそうなのだ。

しかし、成長や老化という生命現象を捉えようとすると、こういった研究は究極的には生命現象を数値化して記録し、リアルタイムで再構成するところまで行くのかもしれない(Google earthのStreet View画像がリアルタイムで動いているところを想像すると、それに近いイメージだろうか)。予想としては4Dを目指すのではないだろうか。それを何と呼ぶのだろうか。"Atlas Live View"とか?

だが、現象の科学的な意味づけを行うには、そこからノイズを振り分けてほしい情報を抽出することができたときに、初めて何かの現象を理解した(あるいは説明した)ことになる。従って、こういう網羅的な解析データは、データベースとして公開されて、利用されてこそ、その真価を発揮すると言えるだろう。

人気blogランキングへ←このエントリーの情報はお役に立ちましたか?

クリックしていただけると筆者が喜びます!