遺伝子組換え作物の話題ではありません。1/29 朝日新聞より。

野生の桜、遺伝子ピンチ 移植ソメイヨシノと交雑

2009年1月29日3時0分

 花見や緑化用に移植されたソメイヨシノの花粉で、近くに自生する野生の桜が交雑して、遺伝子汚染されていることが、環境省研究班の調べで分かった。生物は地域ごとに独自に進化して、その地域に合った有用な遺伝子を受け継いでいる。遺伝子が混じることで、病気や気候への適応力に影響が出かねない。研究班は来年度、適切な樹木の移植方法に関する指針を作る。

 研究班メンバーの向井譲・岐阜大教授らは05〜07年、岐阜や静岡の公園や山で、ヤマザクラオオシマザクラエドヒガンなど野生の桜、計216個の種子を集め、遺伝子を調べた。すると、13%にあたる29個の種子からソメイヨシノの遺伝子が見つかった。

 反対に、ソメイヨシノも別の桜の花粉で結実していた。種子129個の約半数から、半径約200メートルにある桜の遺伝子が見つかった。ソメイヨシノの根元では、交雑した種子が芽吹いていた。今後、芽吹いた種が、子孫を残せるか調べる。

 向井さんは「今後、ソメイヨシノを、地域固有の野生桜が自生する地域に植える際には、注意が必要になるだろう」と話す。

 研究班代表の津村義彦・森林総合研究所室長によると、ブナも地域ごとで遺伝子に違いがあり、別の地域に植えると、気候が合わず、枝先が枯れやすくなることが分かったという。

 このため、ブナ、ヤマザクラなどで地域ごとに遺伝子型が違うことを地図で示し、適正な移植、緑化の方法を定めた指針案を作成する。

 これらの結果は、3月に盛岡市で開かれる日本生態学会で発表する。(長崎緑子)

この記事に登場した専門家の皆様には同情を禁じえない。

事実関係から言えば、

  1. 野生のサクラの種子は、同じ地域に自生する野生のサクラ同士の交雑種子とソメイヨシノなど人為的に導入されたサクラとの交雑種子からなる。
  2. 人為的に移植されたソメイヨシノも、近隣ににある野生のサクラと交雑し、交雑に由来する後代の実生が、ソメイヨシノの近傍に自生することがある。
  3. 交雑後代の実生は、在来の野生のサクラよりも地域の気象に対して環境適応性が劣ることがある。

それはわかる。次の問題は、

  • 交雑由来のサクラの実生はどこに生えているのか?

だ。上記の調査では、山の中のサクラの実生苗からソメイヨシノの遺伝子が見つかったとは言っていない。公園のソメイヨシノの根本に生えいる実生では、野生のサクラの遺伝子が見つかったと書いてある。

であれば、山の中のサクラにソメイヨシノの遺伝子が浸透しているという事実があるかどうかは、この記事の範囲では確認されていないことになる。

記事にあるとおり、交雑後代の植物が野生のものよりも地域の環境に適応しにくいのであれば、山の中では、交雑後代の実生よりも野生のサクラ同士の実生の方が生存しやすいのではないか?適応性が劣る雑種の方が、在来種を押しのけて優先種になるという説には説得力がない。

花粉が交配に預かって種子ができる”ということと”その雑種が繁殖して地域の遺伝子プールに優先的な地位を占める”ということを一緒くたにしてはいけない。記事の後の方で引用されている津村さんのコメントはまさに、地域の気候帯への適応能力が重要だと言っているのだから、雑種が繁殖するかどうかについてもその観点から考えるべきであって、次のステップで行なうべきことは、”適正な移植、緑化の方法を定めた指針案を作成”することではなく、”その地域の山林において、近隣にソメイヨシノが導入された以降の樹齢の野生のサクラに、ソメイヨシノの遺伝子が実際に拡散している事実があるかどうかの確認作業”だ。

本当に心配するべきは”遺伝子が混じることで、病気や気候への適応力に影響が出かねない。”というのとは全く逆で、交雑によって在来種よりも適応能力が高い雑種が自然淘汰の結果優先種になりはしないか、ということだ。

不十分な根拠で規制のガイドラインを作ってよしとする姿勢は間違っている。なぜならば、記事で言われるような交雑が本当に問題になっているのであれば、これからガイドラインを作っても、これから植えられるサクラに対しては対応できるだろうが、今既に植えられているソメイヨシノに対しては何等手を打つことにはならないからだ。

逆に、公園のソメイヨシノが野生のサクラの遺伝子によって”遺伝子汚染”されているということで、公園の管理に当たっては景観保持の観点から実生のサクラをきちんと淘汰するべき、と言う議論ではないのかな。まあ、”遺伝子汚染”という意味不明のことばを使った時点でこの記事は論点が迷走しているのだが。

ちなみに、サクラを含む多くのバラ科の植物には自家不和合性がある。自家不和合性というのは「自家受粉しない仕組み」のこと。地域の在来の集団の中でも交雑するグループ、交雑しないグループがあるはずで、そこにソメイヨシノが闖入した場合、あるグループとは交雑するが、あるグループとは交雑しないということが起こる。

技術的には、地域の在来種の不和合性遺伝子を調べて、それと交雑しない遺伝子型のサクラを導入あるいは開発して移植すれば事足りるのだが、数十年の時間とコストをかけねばならないほどの重大な問題ではない。

なぜならば、地球温暖化の影響で気象条件のほうが急激に変動しつつあるので、作業に数十年の時間を要するのであれば、これまでその地域の環境に適応していた在来の野生植物だからと言って、今後の数十年もその地域の環境にもっとも適したものだとはいえない状況にあるのだから。

過激なことを言えば、生態系を適度に撹乱しておかないと、地域の生物種内の遺伝的多様性では、気象の変化に対応できずに地域の生物種集団ごとまるまる滅びてしまうリスクだってある。ニッチを空白にしないためには、遺伝子を人為的に多様化させておく”攻めの保全”と言う考え方だってアリかもしれないのだ。

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