人の一生のあらゆる場面で、DNAが働いているという意味合いにおいては、「自殺には何らかのDNAが働いていると考えられる」という言明もあながち間違いではない。

しかし、それはいかなる善行にも悪行にも、そして無意識の振る舞いにもDNAが働いているということであり、何も言っていないに等しい。

毎日新聞より。

鳩山邦夫総務相:「自殺にはDNA働く」シンポで発言


 鳩山邦夫総務相は12日、福岡県久留米市であった久留米大学主催のシンポジウムで「自殺には何らかのDNAが働いていると考えられる」と発言し自殺に関する研究を同大で進めてほしいとの趣旨の発言だが、自殺と遺伝を結びつけたとも受け取られかねず、論議を呼ぶ可能性もある。

 鳩山氏は、01年1月に自殺した中島洋次郎・元衆院議員について「家族にも自殺者がいた」と指摘。自殺を引き起こす要因などについて「久留米大で研究していただければありがたい」と述べた。【平野美紀】

自殺そのものには様々な動機が関与しており、遺伝で物事を言うのはあまりに単純化しすぎている。厚労省自殺死亡統計に引用されている警察庁の「自殺の概容」よれば、遺書があったケースでは、自殺の原因トップ3は、健康問題、経済・生活問題、家庭問題であり、これらで約82%が占められている。もっとも遺書が無いケースが遺書のあったケースの二倍以上あるので、これらの原因にあまり重きを置かない方が良いのかもしれない。

一方、自殺とうつ病の関連は広く認められている。また、うつ病のリスクと遺伝の関係も研究が行なわれており、ヒトでも様々な環境要因の下で、うつ病になりやすい遺伝子型というものも存在すると考えられる。最近ではモデル動物も開発されていて、以前、理研ではうつ病のモデルマウスを開発していた

従って、”遺伝的要因 → うつ病 → 自殺” という緩やかな関係においては、遺伝子と自殺の間に一定の関連はあると考えてよいだろう。しかし、それでも環境要因による影響は非常に大きい。

例えば、厚生労働省の自殺死亡統計によれば、人口10万人あたりの自殺者の割合の年次推移を見れば、年々自殺者の割合が増えてきていることが分かる。
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このような変動は、遺伝子で説明できるものではない。となると、社会的な要因で自殺に追い込まれている人々の割合が増えていると考えるべきであり、自殺の防止は国民の生命の安全を守る政府の責務でもある(だからこそ厚労省が統計を採って対策を練っているのだが)。

日本人の自殺による死亡者は年間3万人以上。これは交通事故死の約6倍、がんによる死亡の約1/10にあたる。

私は、マスコミが片言隻句を捉えて騒ぎ立てるのは好きではない。だからこの記事の尻馬に乗るのは本意ではない。しかし、著名な与党の政治家の認識として、自殺にはDNAが働いているので大学で研究して欲しいというレベルでは、政府が本腰を入れて自殺対策に乗り出す日はまだ遠いことのようでがっかりさせられる。

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