キリンビールの開発した、ヒト抗体産生マウス(TCマウス)は、ヒト染色体を持ち、そこにある遺伝情報が発現するマウスである。
 昨年末、その作成方法の大まかな手順を拝見しながら、私はあることを思い出していた。ある種の野生マウスのゲノム中には、自立増殖可能なレトロウイルスのコピーが含まれており、通常の状態では何らかのサイレンシング(おそらくは、TSG?)によって抑制されているが、実験系統のようにゲノム中にレトロウイルスのコピーを持たないマウスとの交雑後代では、ウイルスが活性化するという事例を(1)。
 ヒトのゲノム中に、マウス細胞で自立増殖可能なレトロウイルスがコードされているとは思わないが、細胞融合で異種染色体を導入する場合、組み合わせによっては思わぬレトロウイルスの活性化があるかもしれない。そして、活性化したウイルス粒子が放出されるチャンス(というかリスク?)は、融合する細胞の種がある程度近縁な方が大きいだろう。
 しかし、細胞融合後の染色体の脱落を狙うなら、あまり近縁な組み合わせでは意味が無いので、実際に実験を行なう場合には遠縁の生物種同士になるし、その場合は予想できないレトロウイルスの発生は気にしなくてもいいのだろうな・・・(インフルエンザのようにトリとヒトに感染するウイルスもあるが、少なくともレトロウイルスに関しては、宿主指向性は狭いと考えられるので)。

#ヒトゲノム中に潜んでいたウイルスが、TGSを逃れるように変異して、ある日突然人類に襲い掛かる!というのは、SFのネタとしては悪く無いかも知れませんが。

 と思っていたらES細胞を他の細胞と共存培養した場合に起こる細胞の分化は、自発的な細胞融合の結果であるという論文を見つけた(2,3)。マウスにヒトの体性幹細胞を移植する実験でも、もしかすると自発的細胞融合が起こっているのかもしれない。