ヒトiPS細胞の衝撃

ヒトiPS細胞の実現によって、本格的な再生医療に向けた新たな時代が幕を開ける。

昨年8月、京大再生研の山中伸弥教授と高橋和利特任助手がマウスのiPS細胞の誘導に初めて成功したとCellに発表。体細胞を形質転換することで発生の初期化を行い未分化の状態を作り出す技術だ。

# 植物ならさ、”カルス化”に近い。

これまで、受精胚やクローン胚を作成・破壊しなければならないES細胞と比べて、生命の出発点とも言うべき「胚の破壊」を行なわないので、キリスト教社会においても倫理上の制約は少ないため、研究が進めやすいと考えられてきた。

今般、山中伸弥教授らは、同様の手法でヒトiPS細胞の誘導に成功したと11/20のCellに発表。 Wisconsin大学のグループも11/22のScience (On line)で同様の成果を発表。ただし、導入した遺伝子のセットは半分が違う。

山中グループ           Oct3/4、Sox2、c-Myc、Klf4 

University of Wisconsin-Madison  Oct4、Sox2、Nanog、 Lin28

初期化の際に動く遺伝子群にも数段のカスケードがあると仮定するならば、上流・下流の違いがあるのかもしれない。また、ある種の個人差もあるのかもしれない。そこはまだわからない。

今のところ、遺伝子導入にレンチウイルスを使っているので、作成されたiPS細胞の株ごとに組み込み位置を確認しておかないと、思わぬノックアウトやネガティブ・ドミナンスが起こらないとも限らないので要注意だ。レンチウイルスベクターを使用した遺伝子治療と同様のがん化も懸念されている。

技術的な課題としては、細胞株樹立の効率化と、がん化の抑制がある。がん化抑制のためにアデノウイルスベクターの利用も検討されている様だが、こちらもDNAウイルスであるのでその辺はどうなんだろう(核外で増殖する分には問題ないとは思うが)。センダイウイルスの方が良いかもしれない。

科学的な問題としては、両グループの採用した遺伝子セットの違いの原因、及ぼす作用の究明がある。こっちも重要なのだが、こっちのファンドを大きくすると技術開発のほうが遅れをとるかもしれない。

さて、アメリカはこれまでヒトES細胞を使用する研究予算案に対して大統領が署名を拒否してきた。選挙の基盤であるキリスト教会に対する配慮がその背景にあると考えられるのだが、今般のヒトiPS細胞誘導の成功はその躊躇の理由を一掃するものだ。ホワイトハウスも早速声明を発表し「科学の高尚な目標と人命の神聖さの双方を傷付けることなく、医学的問題を解決できる方法」と持ち上げた。ちなみに、ローマ法王庁も「現時点でわれわれはその研究を合法的とみなしており、それ以上の検証は行わない」とコメントしたらしい。

一方、日本も文科省が5年間で70億を投入と言う報道が読売新聞から出ている。多分、観測記事だろう。平成20年度概算要求はとっくに出ている。果たして、単年度で14億の予算を受けられるキャパが日本の研究機関にあるのか?実際に文部科学省のホームページから予算関係の文書の数字を拾ってみると、そうではなくて、再生医療実現化全般と言う意味で、第二期予算の20年度分が1,510百万円計上されている。この予算枠であれば、記事とはだいたい数字があう。

もし、このことを指すのであれば、

文部科学省は、京都大のグループが、あらゆる臓器・組織の細胞に変化する能力を持つ「ヒト人工多能性幹細胞iPS細胞)」の作製に世界で初めて成功したのを受け、 iPS細胞利用を中心に据えた再生医療の実用化研究に本格的に乗り出すことを決めた。」

という、読売新聞の記事は前提が間違っている。再生医療実現のためのプロジェクト研究は基礎研究段階から連綿と続いており、再生研の業績で急に実用化予算を組んだ訳ではない。それに、現段階では、先端医療としての実用化に入る前に解決しなくてはならない問題が山ほどあることも、プロの行政官たちは良く分かっている。

アメリカの反応?受精卵を破壊するというタブーがなくなったからには、多額の政府予算が投入され、今後爆発的な勢いでこの分野の研究が進められるだろう。日本のように再生医療を目指した研究ばかりではなく、コラーゲンを生成する細胞の自家移植でシワ取りアンチエイジングやら、脂肪組織の幹細胞の移植による美容整形、あるいは膵臓以外の臓器でインシュリンを産生させてI型糖尿病を治療する遺伝子組換え治療など、 QOLを普通以上に向上させたいお金持ち向けのニーズもまた沢山あるのだろうからそれを専門に手がけるベンチャーも生まれてくるに違いない。なにしろお金さえ出せばペットのクローンを作る会社まで現れる国なのだ。SFまがいの近未来はもうすぐかもしれない。

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