その輪は葉緑体ゲノムではなくて・・・

研究室にて。

植物用バイナリーベクターの複製開始点を文献で調べていて、Ri
plasmidの全シーケンスを決めた論文を見つけた

PCのモニターでプラスミドのマップのFigureを見ていたら、後ろから来たTセンター長(リンク先はサイエンスポータル)
がちらっと見て、

T: 「なんだか見たことある図だなー」

と言って帰りかけた。

いや、そんなことはないだろう。Tさんは、Riプラスミドになじみのある研究者ではない。多分、
"あれ"と勘違いしているに違いないと思い、私は

D: 「葉緑体ゲノムじゃないですよ」

と言った。

T: 「インバーテッドリピートみたいなのもあるし、そうかと思った。」

二三歩帰りかけて

T: 「・・・よく分かったね」

 



 

・・・やっぱり、"あれ"と勘違いしていたのだった。っていうか、色分けされた輪を見て、
何を連想したかが分かってしまう自分が悲しい。そういう世代なのだよね。一頃は名古屋大学杉浦研で作成した葉緑体ゲノムのマップがあちこちに貼られていたものだ。

ちょっと振り返ってみよう。

20年ほど前まで、日本の植物科学の研究者の間では、ゲノムシーケンスと言えば葉緑体ミトコンドリアと相場が決まっていた。
ながーいシーケンスゲルとRIで、ちまちまと、シーケンスをしていたものだ。ゲル板にアルミ放熱板を密着させて扇風機で冷却したりして、
700bpも読めたらもう大喜び。鉛筆を片手に、X線フィルムに写し出された”縦線のないあみだくじ”
のようなGATGのシグナルの梯子段を、一つ一つ目で確認しながらマス目を書いた記録紙に写し取り、
パソコンに向かっては呪文のようにぶつぶつ言いながら4つのアルファベットが割り当てられたキーを押して入力するのがよくあるスタイルだった。

# 当時私は組織培養屋さんだったので、シーケンスはしていなかった。USBのSequenaseなんて使ったことはない。
就職してから、ビオチンラベルプライマーを使った化学発光系とdelta Tth
polymeraseを使ってサイクルシーケンスをしたのが最初だった。

で、オルガネラゲノムの全遺伝子が分かって、結局、何が分かったのか?

そこから植物の進化に関する多くの知識が得られてきた事実はある。でも、
オルガネラの遺伝子だけで説明が付く生命現象なんてそれほど無いのだよね。今以て、オルガネラ遺伝子は核遺伝子ほど操作しやすくない。
生命現象というドラマに関わる役者(遺伝子)が全部明らかになっても、その演じる役割にはまだまだ分からないことが多い。
ドラマのストーリーを解説するという機能解析への道はまだ遠い。

# 逆を言えば、植物科学の研究者は、まだ食いっぱぐれないということでもある。

しかし、私は福岡伸一さんほど物事を悲観的に見ている訳ではない。いくつかの本で彼が言っていることは、
言い回しこそ紳士的ではあるが、結局、「ノックアウトなんかしてもどうせ何もワカンネーよ。」というだけのことだ。
それは研究者としては不誠実な態度だ。

野生型とノックアウトの違いが、顕微鏡で分からないならプロテオームがある。それでダメなら、マイクロアレイもMPSSもある。
なんならメタボロームもある。他の手だてを探して、何が起こっているのかを明らかにするのは研究者にしかできない仕事だ。

ノックアウトで遺伝子の機能を止めても、あるいは遺伝子を過剰発現させても、表現型が変わらないというのなら、
他の経路が動いて表現型を変えないようにしているはずだ。そこまでして生物が維持しなければならない表現型は、
きっと生きていく上で重要な役割を持っているに違いない。その生命現象は(あるいは、その研究テーマは)生き物にとって重要なものなのだと、
生き物自身がメッセージを発信しているのだ。そのことを喜んで、かつ謙虚に耳を傾けようではないか。
ふてくされて斜に構えている場合ではない。

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