細胞分化誘導へのアプローチ

6月12日、読売新聞より。


遺伝子3種類で「インスリン」細胞を作り出す

マウスで米大教授ら成功

フィラデルフィア(米ペンシルベニア州)=矢沢寛茂】膵臓(すいぞう)に3種類の遺伝子を入れるだけで、血糖値を下げるインスリンを分泌するベータ細胞を作り出すことに、米ハーバード大のダグラス・メルトン教授らのグループがマウスの実験で成功した。

 11日、当地で始まった国際幹細胞研究学会で発表した。様々な組織の細胞に変化する胚(はい)性幹細胞(ES細胞)や新型万能細胞(iPS細胞)を使わずに簡単につくることができ、ベータ細胞が破壊され、インスリンを作れない1型糖尿病の治療への応用が期待される。

 メルトン教授らは、遺伝子操作でベータ細胞を作れないようにしたマウスの膵臓に、ウイルスを運び役にして膵臓に関連した遺伝子を注入。1100種類を試し、受精卵から膵臓ができる過程で働いている3遺伝子がベータ細胞を効率よく作るのに欠かせないことを突き止めた。

 この3遺伝子を入れた2割のマウスで、膵臓の95%を占める外分泌細胞の一部が、ベータ細胞と極めて似た細胞に変わった。インスリンが分泌され、血糖値が下がるのも確認された。直接、ベータ細胞の状態に変わったとみられる。

 1型糖尿病患者は、インスリンを注射するしか血糖値を調節できないため、ベータ細胞をES細胞やiPS細胞などから作製する研究が世界中で行われている。メルトン教授は、「狙った細胞を体内の狙った場所に作れることが分かった。とてもミラクル。神経や肝臓細胞などにも応用できるのでは」と話している。

(2008年6月12日  読売新聞)

 論文が出るまで詳細は分かりませんが、「ウイルスを運び役にして膵臓に関連した遺伝子を注入。1100種類を試し、受精卵から膵臓ができる過程で働いている3遺伝子がベータ細胞を効率よく作るのに欠かせないことを突き止めた。」という記述からは、iPS細胞の誘導の際に行ったように、遺伝子導入の試行錯誤で辿り着いた成果のようだ。

 この種の切り口がもう少しスマートにやれるようになると色々応用範囲も広がるのだが、絨毯爆撃方式はお金がかかるしマンパワーもいるしで、社会的なインパクトが大きな成果が見込める場合以外は、普通はなかなかやれるものではない。

 ちょっと考えてみても、レトロウイルスに1100種類のcDNAを組み込んでCMVプロモータなどで過剰発現させるとして、コンストラクトを1100種類用意して、いつでも使える状態にしておくのは結構大変だ。技術的には、Gateway systemのおかげで、完全長cDNAのライブラリーがEntry vectorに載った物がフルセットあれば過剰発現用のレトロウイルスベクターもシリーズで作るのが比較的簡単なってきてはいる。

 これまでは、例えばiPS細胞の誘導のように、未分化状態の誘導のためにウイルスベクターでcDNAを過剰発現させるアプローチがとられてきた。今回のニュースでは、分化誘導のために同様の手法が使われている。考えてみると、未分化状態の細胞というのは遺伝子発現の様相から言えば、おそらく一種類(あるいは数種類)の状態しかない。逆に、分化した状態の細胞はもの凄く多様だ。上のニュースで上手くいったのは、ランゲルハンス島β細胞様の細胞だが、これは神経や肝臓細胞どころか、あらゆる細胞の分化誘導が同じような手法でできる可能性があることを示している。

 となると・・・レンチウイルスベクターにヒトやマウスの完全長cDNAをのせた過剰発現用ライブラリーをリソースとして網羅的に整備すれば世界的に引く手あまたではないか?ゲノムネットワークもH20で終わるようだし、FL-cDNAのリソース整備の次はトランスフェクション可能なFL-cDNAライブラリの整備に向かっては。iPS細胞からの分化制御のキーテクノロジーになりそうです。

 shRNAでは各種遺伝子のノックダウン用のセットが販売されているが過剰発現用のレンチウイルスベクターのセットはまだ見たことがない。個別の研究者が、ちまちまと完全長cDNAをレンチウイルスに載せ換えている時代でもないだろう。

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