遺伝子組換え作物の安全性はどこまで解明されたか

 ・・・タイトルは、実はこけおどしです。

 一般の方から、表題のような質問を頂くこともあるし、本のタイトルに「○○はどこまで解明されたか」というものも結構ある
 しかし、科学的にどのような事実が明らかになったか、と言う現状を伝えるのに「どこまで」という言い回しはおそらく適切ではないように思う。設問の立て方が論理的に間違っていると、決して正しい答えに到達することはできない。

 「○○はどこまで解明されたか」という言い回しが生まれる誤解の背景には、科学的に「解明される」あるいは「理解される」とはどういうことか、専門家と非専門家の間、あるいは専門家の間でもとらえ方に大きな違いがあるように思う。

 科学の探究は0%から100%の有限の区間の間で計れるものではなく、新しい事実が分かれば、そこからまた新しい疑問が発生するのが通例だ。

 たとえば、ある生物のゲノムの解読が終わった結果、ゲノムの至る所からRNAが転写されている現象が確認され、結局のところこれまで考えていた”遺伝子”とは何だったのかがかえって曖昧になってきたこともある。また、分野が変われば、火星に探査機を送って地表の成分を分析したら過塩素酸塩が発見されて、その生成過程が新たな謎として浮かび上がったこともあり・・・小さな例も含めれば枚挙に暇がない。

 つまり、科学的事実の解明とは「どこまでも解明され続ける」ものであり、逆の言い方をすると”果て”が無い以上「100%解明されることはあり得ない」ものでもある。論文の考察でも必ず残された問題は付きもので、この研究で完璧!全部分かった、といういかがわしいものは見たことがない。

 また、「○○はどこまで解明されたか」と言いうるためには、「解明」の程度を計るための定量的な尺度が必要だ。例えば、特定の目的地があって、そこへ到達するためのロードマップが示されている場合を考えればよいだろう。製品の開発のように一定水準の基準値をクリアする技術開発であれば、達成程度を数値化することもできるだろう。
 自然科学の専門家ではない方々や、専門家でも定量的尺度がもてる分野の方では、科学的に「解明される」ことについて、このような定量的な尺度があるものをモデルとしているのではないだろうか。

 従って「○○はどこまで解明されたか」と言う本のタイトルは、正確を期するならば、大抵は「○○について、これまで何が解明されたか」とするのが妥当なところだ。たとえば次のようなタイトルがインターネット上で見られる。

  • 慢性痛はどこまで解明されたか
  • 香りの科学はどこまで解明されたか
  • 少子・高齢化はどこまで解明されたか
  • 地球温暖化どこまで解明されたか
  • 準結晶はどこまで解明されたか
  • 森林群集はどこまで解明されたか
  • PET研究により統合失調症は. どこまで解明されたか
  • 鉄骨の破断現象はどこまで解明されたか、当面の対策技術
  • 痴呆の基礎研究 痴呆はどこまで解明されたか
  • 高血圧遺伝子はどこまで解明されたか
  • 自閉症どこまで解明されたか
  • GERDの病理はどこまで解明されたか
  • 宇宙史はどこまで解明されたか
  • ウナギ大回遊の謎はどこまで解明されたか

 書いているのは、ほぼ専門家だろうが、正直なところ、どれも「どこまで解明された」とは言い難いテーマを取り扱っているとうに思う。

 私自身、高血圧なので例にとると「高血圧遺伝子はどこまで解明されたか」というテーマなど、「どこまで」と言う取り上げ方をしてはいけないものののように思う。私は医学関係者ではないが、「本態性高血圧」という用語の意味を知ったときには唖然としたものだ(興味のある方は自分で調べてみてください)。こちらのホームページ(東大医学部付属病院)にはこう書いてある。


高血圧は原因の明らかな二次性高血圧(腎臓疾患や内分泌疾患による。全体の約5%)と、原因のはっきりしない本態性高血圧に分類されますが、ほとんどは本態性高血圧です。

 つまり、高血圧の95%ははっきりした原因が分からず、それを、とりあえず本態性高血圧と一括りにしている、ということだ。そこに、何らかの遺伝子の関与があるらしいということが分かってきたので、「高血圧遺伝子はどこまで解明されたか」というタイトルになっているのだが・・・95%の高血圧を原因不明と言っている現状を踏まえれば、
 何かが解明されれば「高血圧遺伝子が科学的に解明された」というゴールへと到る定量的な尺度でものごとを語れる状況でないように思うのだが。

 話は戻って、遺伝子組換え作物の食品として、あるいは生態系への安全性について考える場合も「どこまで解明されたか」という疑問に対して専門家は答えることができない。それは、一つには質問が論理的に正しくないからだ。しかし、これまで開発されてきた具体的な遺伝子組換え作物のそれぞれについて「これまで何が解明されたか」を答えることは”概ね”できる。

# 2008年7月13日の朝日新聞、be reportの末尾にある、”確かなのは「どこまで解明され、未解明なのか」といった科学的な議論を含め消費者への情報提供がないまま・・・”という表現にインスパイアされて書いてみました。

# なお、この記事は一般に広く知られている事実から構成されているものであり、職務上知り得た秘密には該当しません。

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