産経ニュースより。

ES細胞の遺伝子操作改良 iPS細胞への応用も

2008.8.26 19:42
 あらゆる細胞に分化するヒト胚(はい)性幹細胞(ES細胞)の遺伝子操作を大幅に効率化できる技術を埼玉医科大と京都大、新エネルギー・産業技術総合開発機構が開発した。
 特定の細胞への分化誘導や、遺伝子の改変が自在にでき、京都大の山中伸弥教授らが開発した人工多能性幹細胞(iPS細胞)への応用も見込まれる。再生医療の実現や創薬研究に役立つ成果で、米科学アカデミー紀要に9月9日付で論文が発表される。

 ES細胞やiPS細胞を再生医療や臨床研究に応用するには、特定の遺伝子を高い効率で組み込む技術が必要とされる。
 研究グループは、感染力が強く毒性の低い「アデノウイルス」を遺伝子の運び屋とする従来の技術を改良。
 ウイルスから遺伝子部分を除去した“抜け殻”を作り、代わりに分化誘導や研究に必要な改変遺伝子を組み込んだ。

 この運び屋によって導入された遺伝子は、ES細胞でもiPS細胞でもほぼ100%の確率で正常に働くことが確認された。
 従来法よりもウイルスによる毒性は低く、神経や肝細胞など治療や研究に必要な細胞への分化誘導が可能になるという。また、ES細胞の遺伝子の一部を組み替える遺伝子改変の成功率は、従来方法の1%から45%へと大幅に向上した。

 マウスES細胞では、遺伝子改変技術を応用した「ノックアウトマウス」がさまざまな疾患研究に貢献しているが、ヒトES細胞での遺伝子改変は困難とされていた。開発された遺伝子操作技術はノックアウトマウスを作るより確実で、埼玉医科大の三谷幸之介教授は「研究の促進に結びつく」と話している。

 この記事では何が画期的なのか分かりにくいので、技術的な内容についてはNEDOのプレスリリースを見た方が良いでしょう。こちら

 発表される論文ではどんな研究を行い、どのような事実が示されたのかは、記事によれば、次の通り。
 「研究グループは、感染力が強く毒性の低い「アデノウイルス」を遺伝子の運び屋とする従来の技術を改良。ウイルスから遺伝子部分を除去した“抜け殻”を作り、代わりに分化誘導や研究に必要な改変遺伝子を組み込んだ。

 この運び屋によって導入された遺伝子は、ES細胞でもiPS細胞でもほぼ100%の確率で正常に働くことが確認された。従来法よりもウイルスによる毒性は低く、神経や肝細胞など治療や研究に必要な細胞への分化誘導が可能になるという。また、ES細胞の遺伝子の一部を組み替える遺伝子改変の成功率は、従来方法の1%から45%へと大幅に向上した。

とある。NEDOのプレスリリースも概ねその通りなのだが、ちょっと違う点がある。それは、

 「この運び屋によって導入された遺伝子は、ES細胞でもiPS細胞でもほぼ100%の確率で正常に働くことが確認された。

と言う点。プレスリリースではこのように書かれている。

 「ほぼ同様の結果が、京都大学で樹立された複数のヒトES細胞株とカニクイザルES細胞株で得られることが確認されました。すなわち、改良型アデノウイルスベクターを用いた遺伝子発現と遺伝子操作技術は、霊長類ES細胞ES細胞と同様の性質を持つと考えられている人工多能性幹細胞(iPS細胞)において広汎に応用可能である事が示唆されました。

 「示唆されました」というのは、つまり、ES細胞で研究をしたけれど、iPS細胞については実験していない、けれども予想としては上手くいくだろう、ということです。従って「iPS細胞でもほぼ100%の確率で正常に働くことが確認された。」という記述は間違っている。



 「ヘルパー依存型アデノウイルスベクター」というウイルス・ベクターの仕組み自体は、1996年にはもう出来上がっていて、今回の論文の目新しいところは、ただのヒト体細胞ではなくES細胞を使ったこと
NEDOのプレスリリースはそのあたりも良く分かるので、非常に良く書けている。ES細胞を使う研究は計画の倫理審査があり、研究を実施すること自体のハードルが非常に高いがそれに関しては触れられていない。

 技術的には、外被タンパク遺伝子を持たない代わりに大きな遺伝子断片を運べるアデノウイルスベクターと、外被タンパク遺伝子を持つけれども自律増殖に必要なE1遺伝子と外被へのパッケージングに必要なシグナルを持たないウイルス・ベクターの二種類を併用しているところがミソ。パッケージされて細胞から飛び出してくるウイルスには、
ウイルス自身の遺伝子は含まれていない(以下NEDOで公表されている画像)。

 これは、山中先生の使ったレトロウイルスや、産総研でiPS細胞の誘導に使ったRNAウイルス(センダイウイルス)とは違って、DNAウイルスだ。レトロウイルスはランダムにゲノムに組み込まれるので、宿主細胞の思わぬ遺伝子破壊を起こすことがあり、発ガンリスクがある。一方、センダイウイルスは、iPS細胞の誘導後に除去する方法も開発されているので痕跡を残さない。
 発ガンリスクも極めて低い。そのかわり、宿主細胞のゲノムを改変することはできない。

 その点、ヘルパー依存型のアデノウイルスであれば、狙いをつけた宿主細胞のゲノム上の特定の領域に、相同組換えによってDNA断片が導入される。つまり、患者から採取した細胞で作成したiPS細胞に対して遺伝子治療を行なうことができる。これは、二本鎖DNAをゲノムに持つウイルスならではで、これまでの他のウイルス・ベクターには無い特徴だ。単に、高効率で遺伝子を導入するのではなく、霊長類で安定的なジーン・ターゲティングができること、それがこの成果の特徴だ。

 この研究はiPS細胞の誘導のその先、細胞分化の誘導のそのまた先、遺伝子治療済みの細胞をヒトへ移植する際の基礎技術になるだろう。
・・・HLA抗原型の変換ができると画期的なんだけど、的が大きすぎるか。

# ヒトES細胞の高効率ジーン・ターゲティングはそれだけで十分すごい仕事だ。今のところ、iPS細胞と言う名前を出したのは話題提供以上の意味は無いのだが、一般受けをねらったのかな。

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