9月2日の時事通信より(読売新聞の記事より格段に良く書けているので) 。

遺伝子の個人差で離婚危機2倍=スウェーデン男性900人調査

 草原などに生息するハタネズミ類で固定した夫婦関係(一夫一婦制)を好むかどうかを左右する遺伝子がヒトにもあり、男性ではこの遺伝子が特定のタイプの場合、そうでない場合に比べ、結婚より同居を選んでいたり、離婚や別離の危機を経験したりする確率が2倍高いことが分かった。スウェーデンカロリンスカ研究所や米エール大などの研究チームが2日までに調査した。論文は米科学アカデミー紀要の電子版に掲載される。

 この遺伝子「AVPR1A」は、脳神経で神経伝達物質のアルギニン・バソプレシン(AVP)を受け取るたんぱく質(受容体)を生み出す機能がある。ハタネズミ類ではAVPが多かったり、受容体がよく働くタイプだったりすると、社会性が高く、 一夫一婦を好むようになることが実験で確認されており、ヒトでは自閉症の発症リスクに影響する可能性が指摘されてきた。

 研究チームは、パートナーがいるスウェーデン人男性約900人を対象に、2本がペアになっている12番染色体にあるこの遺伝子の一部DNA塩基配列が特定のタイプかどうかを調査。その結果、2本とも特定タイプの男性が結婚ではなく同居している割合は32%、過去1年に離婚や別離の危機を経験した割合は34%と、2本ともそうでない場合の17%、15%の約2倍だった。(2008/09/02-20:26)

 オリジナルはこちら

 どうしてバソプレッシン受容体に目をつけたのか?というところがまず不思議なのですが、2004年Natureにハタネズミ属(Vole)のバソプレッシン受容体遺伝子と婚姻形態の関連を研究した論文が載っていたようです()。

 関連した情報では、


  1. Variation in the vasopressin V1a receptor promoter and expression: implications for inter- and intraspecific variation in social behaviour. Hammock EA, Young LJ., Eur J Neurosci. 2002, 16:399-402.
  2. AVPR1A and OXTR polymorphisms are associated with sexual and reproductive behavioral phenotypes in humans. Mutation in brief no. 981. Online. Prichard ZM, Mackinnon AJ, Jorm AF, Easteal S., Hum Mutat. 2007 28:1150.

 など、いくつか先行した仕事があって、AVPR1A遺伝子はホルモン受容体でありながら、同時に5'上流域にマイクロサテライトがあって非常に多型的であることが知られています。最初は、ハタネズミでは多型的マーカーとして集団遺伝学的解析に利用されていたのでしょう。

 また、動物ではバソプレッシン受容体が繁殖行動に関連しているという傍証があって、そういった積み重ねの上で、ヒトに対しても当てはまると考えたのでしょう。

 一方、このPNASの論文の背景には色々面白そうな事情がありそうです。たとえば、


  • スウェーデンは同棲の割合が高い。というか同棲してから結婚というつきあい方が一般的だそうです。なので、「結婚ではなく同居している割合は32%」という日本的視点からは、あらら、と言う状況が出現しうる。
  • スウェーデンプロテスタントが多い。これがカソリックが多い国だと、社会的に離婚が認められないため、”離婚の危機”と言う認識に対する閾値が高くなるので、こういうデータには「この程度では離婚の危機とまでは言えない」と言う認識にかたよる強いバイアスがかかる。
  • スウェーデンは女性の社会進出が世界一進んでいるので、女性が経済的に自立している()。なので、女性が経済的理由で結婚生活にしがみつく必要がないので、そうでない国よりは離婚しやすい。
などなど。

 人間を調査対象とする場合、実験動物と違って生活環境や社会環境をコントロールできませんので、文化的な要因にも注意を払わないと、こういう研究は成立しにくいのでしょう。

 さて、結局のところ、離婚リスクが高くなる対立遺伝子の遺伝子頻度とホモ接合率ってどのくらいなんでしょう。また、浮気の虫も遺伝子のせいであれば仕方がないと考えるべきなのでしょうか。色々と考えさせられることの多い論文です。

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