最近知ったのだが、”芸術”としての遺伝子組換えを行うグループがあるという。(1,2)

 わが国における遺伝子組換え生物等に対する規制は、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(遺伝子組換え生物等規制法、あるいはカルタヘナ法)の下、財務省文部科学省厚生労働省農林水産省経済産業省及び環境省の6省の共管で、使用する遺伝子組換え生物等の性状、その使用等の内容等を勘案して主務大臣を決めることになっている。(3

 さて、この仕分けには今のところ”アート”という考え方は入っていないのだが、所管する官庁を考えるとやはり文部科学省なんだろうな・・・二種省令でも、「研究開発等」と"等"が入っていることでもあるし。

 ともあれ、記事によると(2)、エドゥアルド・カック氏の作品"Move36"に使用された組換えトマトでは、デカルトのことば"Cogito, ergo sum"を"1,0"に分解し、それを塩基A,C,G,T(それぞれ、00,01,10,11を割り当てる)に変換してDNAを合成し、植物に組み込んだという。ちなみに、"Cogito ergo sum"は" CAATCATTCACTCAGCCCCACATTCACCCCAGCACTCATTCCATCCCCCATC"になるそうだ(4)。
#記事の写真の植物は、私にはどうもトマトには見えないのだが・・・。
 植物に導入する方法が不明なので事の真相はわらないが、文字情報をDNAに変換して生物に導入するというアイデアを本当にやってしまったのだとしたら、おそらく、これが初めてのケースになる。「遺伝的烙印」とでも言うのだろうか。
 同様の方法をとれば、UCS-4の32bitのデータも16塩基で表現できるので、理論上は地球上で使われているほとんどの文字を表現できる。何文字かおきにチエック・サムを入れておけば、突然変異による撹乱にさえも対応できるかもしれない。また、遺伝子として発現しないことを担保するために、文字情報に当たる部分の前後にストップコドンを仕込んでおけば安全性が増すし、PCR用のプライマーで挟み込むように設計すれば、書き込んだ情報をPCRダイレクトシーケンスで手軽に再生することもできる。
#あんまり手軽じゃない気もするが・・・。
 倫理的な観点とコストを無視してアートを標榜すれば、何でもありなのだなと感心半分あきれ半分。

 これが、わが国で実現した場合、法的には宿主が植物であれば、大抵P1Pか特定網室の拡散防止措置で"実験"を行えば機関実験で対応できる。しかし、供与核酸が合成DNAであって核酸供与体が特定できない場合、その扱いは微妙である。配列がごく短かいか、あるいはストップコドンを含むなど蛋白を生産し得ないケース(同定済み核酸として認められる場合)は、通常P1Pで構わないのだが、何某かの蛋白を産生する未同定核酸の場合には恐らく大臣確認実験(拡散防止措置は恐らくP1P)になる可能性が高い。いくら"アート"でもこれは勘弁して頂きたいものだ。
 また、”アート”としての遺伝子組換えには、従来行われてきた遺伝子組換え実験にはない、ある特筆すべき特徴がある。それは、”個人による遺伝子組換え”であるという点だ。わが国の遺伝子組換え生物等規制法では、実験の主体は個人あるいは法人であるが、告示のレベルでは組換えDNA安全委員会の設置等を求めており、個人では実施しにくいように見える。また、業として遺伝子組換えを行う個人というのは想像しにくい。あるとすれば、「遺伝子組換え職人」とでも言うのだろうか。