愛媛大学助教授の阿部先生(1)のホームページ(2)は、実に興味深い。個人的に、以前からしばしば拝見させていただいているのだが、その中に”伝統育種”と”遺伝子組換え”の比較を行っているページがある。リンクの規則性がややあいまいなので、少々発見しにくいのだが、「解説 伝統育種は本当に安全かー」に、その2つの比較が整理されている。恐らく本意は「育種法のみに基づいて作物の安全性を議論するのはナンセンスである」という主張なのだろうが、「伝統育種の安全性」等を見る限り、反GMO運動に反論するあまり伝統育種に対する強烈な攻撃に終始しているように見受けられるのはいささか残念である。氏は、伝統育種と遺伝子組換えを対比しているが、本来ならば公平を期するためには、そのどちらも選択しないケース−つまり、その辺の野草を食べて露命をつなぐ−も選択肢に加えるべきであろう。
 それは冗談であるが、現在流通している遺伝子組換え作物の多くは、交雑育種と遺伝子組換えのコンビネーションで育成されているので、それらの作物の持つリスクは、
”伝統育種育種のリスク”+”遺伝子組換えによるリスク”−”評価された食品としての安全性”
ということになるだろうか。いずれにしても、”伝統育種のみ”で育成された作物よりも食品としての安全性が担保されていることになる。

 最近、アメリカのナショナルアカデミーでも"Safety of Genetically Engineered Foods -Approach to Assessing Unintended Health Effects-"という報告書が作成され、各種の育種法(同種交雑、異種交雑、放射線照射、遺伝子組換え等)によって育成された作物に由来する食品のリスク評価についての考え方が示された。サマリーしか読んでいないが、その中では"Likelihood of unintended effects"として、それぞれの育種法による予期しない効果についての見積もりが示されているが、とりわけ"Crossing of existing approved plant varieties"による予期しない効果は、他のものよりも小さく評価されていることは注目に値する(その効果は、純系淘汰よりは大きい)。
 遺伝子組換え大国アメリカにおいても、遺伝子組換えによる"Likelihood of unintended effects"は伝統育種よりも大きいと見做されているということだ。

 作物(植物)の二次代謝産物は非常に種類が多いため、未知の食品成分の安全性評価を行うためには、多成分の一斉分析技術の開発が欠かせない。現在の食品分析技術は特定の成分の定量については一定レベルの水準に達していると見做せるものの、多成分の一斉分析となると、分析対象の候補となる農薬が明らかな場合の一斉分析の場合でさえもいささか心許ない現状であるようだ(3)。
 ましてや、未知の成分の一斉分析など望むべくも無い。おそらく、全ての農産物の安全性を担保する科学的な根拠を確たるものにするためには、今後のトキシコゲノミックスやメタボロミックスの発展を待たなくてはならないだろう。