研究二種省令では「組換え核酸」を次の様に定義している。
「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律第二条第二項第一号に掲げる技術の利用により得られた核酸又はその複製物」
で、その技術は法律第二条第二項第一号を引くと
「一 細胞外において核酸を加工する技術であって主務省令で定めるもの」
とある。そこで、主務省令を引くと
「第二条 法第二条第二項第一号の主務省令で定める技術は、細胞、ウイルス又はウイロイドに核酸を移入して当該核酸を移転させ、又は複製させることを目的として細胞外において核酸を加工する技術であって、次に掲げるもの以外のものとする。
 一 細胞に移入する核酸として、次に掲げるもののみを用いて加工する技術
イ 当該細胞が由来する生物と同一の分類学上の種に属する生物の核酸
ロ 自然条件において当該細胞が由来する生物の属する分類学上の種との間で核酸を交換する種に属する生物の核酸
 二 ウイルス又はウイロイドに移入する核酸として、自然条件において当該ウイルス又はウイロイドとの間で核酸を交換するウイルス又はウイロイドの核酸のみを用いて加工する技術 」とある。
つまり、セルフクローニングとナチュラルオカレンスは除く、遺伝子組換え技術、という訳だ。しかし、「核酸」がどのようなものを指すのかは具体的に定義されていない。たとえばDNAであれば、A,T,G,Cの一塩基も核酸であるし、大腸菌全ゲノムも等しく核酸である。DNA断片のサイズに関する規定は何も無い。
 また、「組換え核酸」については、二種省令に次の様な記述がある。
「 八 ベクター 組換え核酸のうち、移入された宿主内で当該組換え核酸の全部又は一部を複製させるものをいう。
 九 供与核酸 組換え核酸のうち、ベクター以外のものをいう。」
 つまり、「組換え核酸」=「ベクター」+「供与核酸」である。
この場合、ベクターは無条件で「組換え核酸」と見做される。したがって、大腸菌にインサートの無いpUC18を導入する実験は、pUC18の構成要素が全て大腸菌に由来するものであるにもかかわらず、組換え実験になる。
 この組換え核酸の構成単位の定義の非常に興味深い点は、ベクターがその機能によって定義されて居る単位(機能単位)であるのに対して、供与核酸は「それ以外のもの」とするのみで、機能単位としては何も定義されていない点である。遺伝子組換え生物は、言ってみれば供与核酸を導入することを目的とするため、多くの場合、作成される生物の特徴は供与核酸によって強く特徴付けられるのだが、法令上の定義はこのとおりである。
 実際問題として、供与核酸を定義する必要に迫られた研究者は、何とかしなくてはいけないので、あれこれ悩むことになる。たとえば、その遺伝子の由来する生物(核酸供与体)や、その「遺伝子」の相同性を以って供与核酸を定義しようとするが、多くの場合その試みは徒労に終わる。
 では、供与核酸の構造で定義することはできないだろうか?ということで、最小単位はどうなっているか考えてみると、こちらは、一塩基が最小単位となる。

 ではいよいよ本題に入る。
 ある長さの人工DNAが供与核酸の場合、その塩基配列から核酸供与体となる生物は推定できるか?
 答えは、「推定できません」

 供与核酸が何塩基あれば核酸供与体を特定できるようになるのだろうか?現在、供与核酸が人工核酸の場合、その塩基配列と相同配列を持つ何かの生物を核酸供与体として想定することにしとている。言い換えれば、人工核酸の場合は、供与核酸塩基配列、をたとえばblastサーチして相同であると認められる核酸供与体に由来すると見做すことにしている(どのくらいのスコアかは定義されていない)。
 しかし、たとえば1,000 bpの合成DNAの供与核酸があったとして、それを単一の供与核酸と見做すことは必ずしも合理的で無いケースもありうる。・・・というか、供与核酸が由来する生物の異なる複数の「構造単位」でできているの場合は決して少なくない。しかし、人工核酸の場合、由来する生物ごとに「構造単位」を定義して供与核酸を切り分けることは合理的な判断と言えるだろうか?あるいは、問題を言い換えると、供与核酸をどのような領域ごとに分割して、供与核酸の機能を考えるのが合理的だろうか?
 1,000 bpを1,000領域(一塩基)に分割して、すべてヒト由来、というのが詭弁であることは誰にでもわかる。しかし、10 bpずつ100領域に分割して、ヒト+マウス+イネ+ショウジョウバエで、すべて実験分類はクラス1である、というのはどうだろうか?こうすると、大抵の供与核酸は細かく分ければクラス1の生物の寄せ集めとして定義できるはずだ。 分割の単位が100 bpでは?あるいは、クラス1の何某かの生物の遺伝子とのホモロジーが最大となるように最適化した分割ならばどうだろうか?

 つまり、現行の法令は合成核酸を供与核酸とする場合に、その領域の定義・分割について合理的な基準を持っていない。
 議論を、もう少し拡大するとしよう。実は、現行の法令では、遺伝子組換え生物の拡散防止措置の決定に当たっては、どのような構造や機能を持っているかによって規制の対象となるが、その作成方法は議論の対象にはならない。言い換えれば、天然物である核酸を構造単位として構築した組換え核酸においても、それを作成する上で、どのような機能単位を結合して作ったかは問題ではないと言っているのに等しい。
 その考え方が徹底しているのであれば良いのだが、実際にはベクターの構成図を書くにしても、推定される機能に基づいた機能単位で領域を定義しなければ、何も書く事はできない。実質的には、機能単位以外に遺伝子を個々の領域に分ける汎用性のある方法は存在しないのだから。

 このように、現行法令は「組換え核酸」を定義する一方で、「遺伝子」を定義していない。このことによって「遺伝子組換え生物」についての議論が混乱を深めていくのではないかと懸念される。