AFLPベースの網羅的発現解析の手法が日本で開発された。HiCEP(High Coverage Expression Profiling)という。
 手法の特徴としては、高感度、高再現性、ゲノム情報のそろっていない生物種にも適用可能という。ブレークスルーは、従来のAFLPベースの手法(cDNA-AFLP, 1)では、PCRの段階で使用するプライマーやアダプターの設計に問題があってニセのシグナルが出現しやすかった点を改良し、再現性を高めた点にあるという。
 詳細は論文(2)や総説(3)を参照していただきたい。
 DNAシーケンサーを測定器とする網羅的遺伝子解析の方法としてはSAGEが先発であるのでそれと比較する。
 実験のデータ取得の部分はDNAシーケンサーを使用したフラグメント解析でるので、得られたピークの高さが遺伝子の発現量をあらわす。そのため、SAGEのように大規模な塩基配列の決定は必要としないが、個別の実験データを比較するためには標準化のための工夫が必要となる。その反面、SAGEでは塩基配列の出現回数を数えるためデータが離散的であり、別個に行った実験の比較に際しても内部標準を必要としない。HiCEPでは、cDNAを制限酵素処理してから磁性粒子に固定し、さらに別の制限酵素で処理して上清に遊離したcDNA断片を回収することで、個々のシグナルが単一の遺伝子に由来するように調整している。この手順は、全て液相で反応させるAFLPよりも、やや煩雑でコスト高である。
 データの再現性については、PCRによる増幅は鋳型DNAの量に依存せず最終的にはプラトーに達する性質を上手く利用しているが、これは一般的なケースでは優れた方法であるが、一面、細胞内の転写産物の総量が増減する場合には適応できない(では、どのような方法なら適応できるのかはわかりませんが)。
HiCEPについて上記の総説や論文を読んだ結果、いくつか疑問に思うことがあったので下記に列挙する。
1. 総説(3)によると、「発現プロフィール解析の場合その強度に関する再現性が厳しく求められるため,驚くほどの泳動のやり直しが出てくる。」とある。PCRプラトーに達しているのなら、最終的なサンプルの濃度については、それほどの差は無いはずなのだがなぜだろうか?また、PCRの部分にReal Time PCR装置を使用することでサンプル間の増幅のばらつきをモニターして濃度を揃えるなど、ほかに方法は無かったのだろうか。あるいは、蛍光プライマーを使用してPCRエタ沈後に蛍光光度計でシグナル強度をそろえるとか。
2. 選択的PCRのステップでは、プラトーに達するまでサイクルを繰り返しているが、本当は増幅が直線的な時期に止めた方が良い。(無駄にサイクルを重ねるとアーティファクとが増える。)
3. DNAシーケンサーの能力の制限から、分離可能なcDNA断片のサイズは約40bpから700bp(最新のABI PRISM3130xlあたりでは35分間で約670bp)である。シーケンシングの場合は、個々のピークの高さはと幅は、ほぼ均一であるため同じ塩基が連続している場合でも、その塩基数を推定することは可能である。しかし、HiCEPの場合、ピークの高さと幅はまちまちであり、cDNAの長さの違いが一塩基であって、ピークの高さが大きく異なるような場合には、それぞれの面積を正確に予測することは難しい。
4. DNAシーケンサーの検出できるシグナル強度のダイナミックレンジは、何桁あるだろうか?最近のDNAシーケンサースペクトラムの取得にCCDを使用しており、非常に高感度である。が、ダイナミックレンジはまた別の問題である。DNAシーケンサーのダイナミックレンジはマイクロアレイ・リーダーと同等だろうか?少なく見積もっても4桁は必要であると思う。(その点SAGEの検出原理は塩基配列の決定なのでこの問題は生じない。)
5. 複数の蛍光色素を使用する場合、それらの量子効率とDNAシーケンサーの感度の違いによる、蛍光色素に起因するシグナル強度の偏差は補正はできているだろうか?
6. 総説(3)によると、選択的PCRのプライマー設計において、「即ち,選択に用いる最後の2塩基を除いた18塩基のGC含量を60%とマウス,ヒトのゲノムの平均値41%より遙かに高くし安定させることで温度依存的な不安定性をまず3'末端2塩基の部分で生じるようにする。」とある。しかし、この場合cDNAのGC含量を基準に考えるべきでは無いのか?もっともPCRのアニーリング温度は伸長の温度を超えることは無いので、設計上の根拠は何であれ、HiCEPのアニーリング温度71.5度というのは合理的である。いっそのこともう1塩基伸ばして2step PCRにしたほうがすっきりするとは思うが。
7. 結局、別々の電気泳動で検出した実験データを標準化する方法は論文を読んでもわからなかった。別の個体や機種のDNAシーケンサーで取ったデータも含めて標準化してデータベースを構築できるとすばらしいのだが、どうやらそうではないらしい。

 いずれにしても、シーケンスゲル+銀染色のcDNA-AFLPよりは長足の進歩であることに間違いはない。ダイナミックレンジの問題やデータの標準化など現時点で取り組むべき課題は残されているものの、優れた手法の一つであることには違いない。
 網羅的手法の一方の雄であるマイクロアレイとの比較は他日に譲る。