植物の病原体として知られる真菌や細菌の中には、植物以外の宿主に寄生するものがある。

 たとえばFusarium solaniは、ピーマン・シシトウガラシ立枯症やニンジンの乾腐病の原因菌とされているが、臨床例としてヒトへの感染と患者の死亡が報告されている。
 もっとも、この報告は白血病の治療のため化学療法によって免疫系の抑制された患者に限ったものであり、免疫系が正常に機能しているヒトについては特に大きなリスクは無いものと考えられる。

 Fusarium属の真菌は作物の病害の原因菌としては非常に広く蔓延しており、効果的な抗生物質は発見されていない(真菌に抗生物質があまり効かないこと自体は、よく知られた現象ではあるが)。

 また、植物の根頭がん腫病の原因細菌であるAgrobacterium tumefaciensは、幅広い種の植物に感染することが知られており、遺伝子組換え植物を作成する際にも各地の研究室では普通に用いられている。近年、実験室の環境下ではA. tumefaciensがヒト培養細胞にも感染し、しかも外来遺伝子を導入することが報告された。
 ヒトの個体と違って、培養細胞レベルでは免疫系による防御が無いため、さまざまな細菌による感染が成立すると考えられるが、A. tumefaciensに限って言えば、ヒトの個体にも感染して病気を引き起こすことが近年報告されている。

 いずれも稀な症例であり、Agrobacterium自体が特に危険な病原性微生物であると示唆するものではなく、特に実験室株の病原性を示唆するものではない。もっとも、Agrobacteriumの実験室株についてヒトへの病原性を検証した例は恐らく存在しないだろう。(そういう意味では、文部科学省の二種告示の認定宿主ベクター系の要件の書き方は、現状では病原性のある宿主をも含む可能性を排除できない。)

 なお、Agrobacteriumの宿主域については、次のレビューがある。

 これは、Agrobacteriumが植物以外の幅広い宿主の形質転換に使用できるという総説で、酵母糸状菌からヒト培養細胞まで、Agrobacteriumで形質転換が行われた論文を列挙している。また、植物よりも分子生物学的に精密な解析を行うことが期待できる酵母などを宿主とすることで、Agrobacteriumによる形質転換の機構解明に役立つとしている点は非常に面白い。

 また、形質転換が困難な菌類のFunctional Genomicsの有効な方法としてAgrobacteriumの利用が適しているという総説も発表されている。

 と言うわけで、土壌微生物として知られている真菌や細菌は意外と宿主域が広いのだと言うことを記憶にとどめておこう。