さても、トラックバックは頂いたものの・・・。NHKで放送された「アグリビジネスの巨人モンサントの世界戦略」と言うコンテンツは注意してみなければならない内容を多々含んでいる。
 以下にYoutubeの動画をリンクしておく。

 予め忠告しておきますが、私はこのドキュメンタリーをもとに「遺伝子組換え問題」を語るべきでは無いと強く思います。 なぜならば、このドキュメンタリーは、具体的に遺伝子組換えの問題を何も扱っておらず、モンサント社アメリカ政府のネガティブキャンペーンに終始しているためです。


 オリジナルのドキュメンタリーはこちら

 制作はフランスの公共教育放送ARTE等が主体。NHKによる番組の解説はこちら

 当時、農務省のバイオテクノロジー研究者の一人は「政治的判断で、遺伝子組み換え作物は従来の作物と同一物とみなすことで認可が容易になった」と証言。FDAが発表した認可の文書は、モンサント社の弁護士が作成した文書と酷似していた。

とある。この「務省のバイオテクノロジー研究者の一人」とされる人物は、Dr.Maryanskiである。
 放送されたコメントについて、ご本人が日経FoodScienceのホームページではこう述べられている。

 私は、米国食品医薬品局(FDA)の食品バイオテクノロジー政策に関してそのドキュメンタリーのためにインタビューを受けた1人である。そのドキュメンタリーの中で、リポーターは私のコメントを基に、FDAの政策は科学情報よりも「政治」に立脚してものであると断言している。しかし、その主張はインタビュー時に私が述べたことと相反する。インタビューでは、誤解を与えぬよう、誤って伝えられぬよう、明瞭に、慎重に、簡潔に話すことが重要であるという教訓を、そのドキュメンタリーは私に思い起こさせることとなった。

 私は、編集者の意図に基づいて切り取られたインタビュー映像よりもこちらの証言を信頼する。こちらの情報によればDr.MaryanskiはFDAの”バイオテクノロジー・コーディネーター”(つまり行政官)であった。NHKはUSDA(農務省)の研究者だと紹介しているが、専門領域も立場も取り違えている。

 私が見るところこのドキュメンタリは、モンサント社や遺伝子組換え作物に対する反対の意図を強調しようとするあまり、議論を意図的にミスリードさせようとしているところがある。

 たとえば、上で引用したYoutubeの動画では、7時34分頃に「遺伝子組換え食品による健康被害」として紹介している事例は、死者・被害者数からみて、おそらく「昭和電工トリプトファン事件」として知られている。これは、遺伝子組換えバクテリアから製造されたアミノ酸にいまだ特定されていない不純物が混入していたことが健康被害の原因とされている。
 ”同じ遺伝子組換え”と言ってしまえばそれまでだが、この事例と遺伝子組換え作物を同一視するのは、「バクテリアもトウモロコシも生物だから一緒」というくらいに乱暴な議論の仕方だ。わざとやっているのであればフェアではない、薄汚い手口だ(わざと混同しているのではないとしたら、もっと困った人たちだが)。

 映像でクローズアップされたFDAの文書にはこう書かれていた。

・・・ nor can we roule out the engineering of the organisms

 意味合いとしては"その生物の操作の可能性も排除できない"という程度。つまり、遺伝子組換え技術が原因でないと言うに足る十分な証拠は無い、というだけのことだ。
 その後、リポーターはこう続ける。

これは驚きです。彼は遺伝子操作の副作用を予期しつつも何も手を打たなかったのです。

 私にとっては、これは驚きです。遺伝子操作が被害の原因であるという証拠も無いのに、政府に規制をするように求めているのですから。「確定的な証拠が無いので可能性を排除できない」と言う判断と「危険性が予期できる」と言う判断間にはかなり大きな隔たりがあるのだが、その違いが分かっていないのか、それともあえて無視しているのでしょうか。

 そして、インタビューはそのまま、モンサント社の組換え作物に関する話題へとなだれ込んでいる。しかも、男性の野太いフランス語の音声がかぶさっていて、インタビューされたDr. Maryanski氏本人が何を言っているのか、ちっとも聞き取れない。日本語への翻訳は、英語→フランス語→日本語とならざるを得ないでしょう。
 これほどまでにオリジナルの情報が変容していては、私には、もはやドキュメンタリーとはみなせない。

 結局、モンサント社の遺伝子組換え作物が普及するまでの仮定には政治的な働きかけがあったことを暗示する番組ではあるが、「遺伝子組換え作物そのものの問題点」については、何も言っていないに等しい。ただただ、遺伝子組換え作物を普及させるまでの手口についてのモンサント社の悪いイメージだけが増幅する仕掛けだ。

 なお、今年に入ってフランス政府はEUの決定に反してモンサント社の遺伝子組換えトウモロコシの流通規制を強化している。仮に、フランス公共教育放送ARTEが、その主張に沿った番組を制作しても驚くにはあたらない。しかし、万が一、わが国の公共放送がそのプロパガンダを無批判に垂れ流しているのであれば、その判断能力に疑問を投げかけざるを得ない。
 他の報道番組の質もこの程度なのだとしたら、がっかりです。

・・・ と言うところに注意して報道番組を疑ってみると、結構色々なことが分かるものです。

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