-試験ほ場の収穫物を売るのは止せばいいのに-

 生産物を販売する目的で反復的・継続的に作物を栽培し収穫するのが農業であるならば、
研究所や大学の農場で行われている作物の栽培は農業ではない。生産物の販売を目的として生産活動を行っている訳ではないからだ。

 研究所や大学の農場にある田や畑は、本来、生産物を販売して利益を得る目的で使用されるものではない。
 農家の田畑は工場と同じような生産手段なのだが、研究機関の田畑は研究上のデータを得る為の手段であり、そこで作られる生産物は副産物と言っても良い。

 そう考えると、今回の一件の一因は、大学農場の生産物を処分せずに「販売」してきた慣行にあるように思う。

 大学のほ場は一般の農家よりも小さいことが多い(もちろん例外はある。東大農場は22 ha以上とかなり広い)。
 農薬の使用量も少ないのが一般的。今回使用された水銀剤も、73年以降は流通していないはずなのに24年以上たった97−99年にかけて使われていたことからもわかる。東大農場に占める水田の面積はさほど広くないのだろう(米の収穫は年間1.3トンだ。10aあたりの収量が500 kg程度なので、計算上26-30 a程度の水田面積ということになる。ちなみに朝日新聞では実習用水田は30 aと書いてあったので間違いないだろう)。

 水銀剤は種子消毒剤としては強力で、しかも残効性があるので苗立ちまでイネをカビや細菌から守ることができる。
 種籾を吸水させる際に水銀剤の水溶液に浸すだけで良いので手間もかからず比較的少量しか使わない。・・・なので、やはり一度買うといつまでも減らない。そのかわり、問題になるのは種子消毒に使った後の廃液だ。水銀を含んでいて、排水として流す訳にもいかないので産業廃水として処理しようとすると処分費用がかかる。農薬登録が抹消されたのも、農家で水銀剤を使う場合は相応の量の廃水が出るので、農薬としての実用性があまりなくなってしまったためかも知れない。

 種子消毒に使用した際に種子に残る程度の量の水銀剤は、土壌汚染を引き起こすほどの量にはならない。また、その植物体が生育した際に濃縮されたとしても、元々の量が非常に少ないので収穫された米から検出することも難しいだろう。
 ヒトが摂取する量としては、カジキやキンメダイの方が遙かに高濃度であるに違いない。また、酢酸フェニル水銀はメチル水銀とは異なり、人体に蓄積しにくい性質があるので、10年前に問題の米を食べた市民から水銀剤由来の水銀が検出されるとは非常に考えにくい。

 なお、「禁止農薬」という言い回しは正しくない。農薬取締法では一般原則は何でも禁止する仕組みで、登録された農薬についてのみ認めている。特定の農薬の使用を禁止するルールにはなっていないので、使用に関しては「禁止農薬」というよりは無登録農薬と言った方が良いだろう。

 ・・・と言う前提で、以下の記事。毎日新聞より。


禁止農薬:東大農場で使用 米栽培し販売…90年代後半
 東京大大学院農学生命科学研究科附属農場(東京都西東京市)で、使用禁止となっている水銀系農薬が少なくとも3年間、米の実習栽培で使用されていたことが分かった。
 収穫された米は地域の住民に販売されており、東大は残留農薬などの調査に乗り出した。今のところ、健康被害の情報はないという。

 東大によると、問題になっているのは、73年に使用禁止になった「酢酸フェニル水銀」が含まれる農薬。97〜99年、職員が米の種もみの消毒に使用。06、07年にも、同じ職員がカキやリンゴの苗木の消毒に使った。カキはまだ実をつけておらず、リンゴは食用ではなかった。酢酸フェニル水銀は農薬取締法で、研究目的での使用を認められており、使用禁止後も農場に保管されていた。

 この職員は、大学の調査に「使用禁止と知っていた。田んぼが荒れたり、稲に病気が広がった時期があり、効果があったので使った」と説明したという。

 この3年間に収穫された米は、4トン前後に上るとみられ、大半が住民に販売されたり、学生が食べたりした。酢酸フェニル水銀は長期間、摂取すると腎臓に悪影響が出る可能性があるが、東大は「食べる段階まで残留していた恐れは小さい」と話している。
 人体への影響の有無のほか、他に使用していた職員がいないか聞き取りを進めている。2日午後には、住民への説明会を行う。

 東大農場のホームページによると、農場は東京ドーム約5個分に相当する22・2ヘクタールの敷地があり、米のほかにも野菜や果樹の栽培も行われている。

 2日、記者会見した濱田純一副学長は「住民や関係者に不安を与えたことを深くおわびします」と陳謝した。【川崎桂吾】

 結局、イネに使用された時期は「97〜99年」の今から見れば10年前。一方、「この3年間に収穫された米は、4トン前後に上るとみられ、大半が住民に販売されたり、学生が食べたりした。」と記事にはある。
 調査結果如何だがこの時期の米は水銀剤と関係があるのか?よく分からない記事だ。

 ちなみに、農業試験場では登録前の新しい農薬(当然、無登録農薬だ)の有効性や薬害を調べる試験が行われるところが多い。試験用の水田に無登録農薬を散布することになるのだが、試験の目的からしてこれを禁止してしまっては新しい農薬が開発できなくなるので、農薬取締法でも試験研究用の使用自体は認められている。

 しかし、収穫物の流通となると話は別で、収穫物から無登録農薬が検出された場合、その濃度が一律基準以下でなければ食品衛生法違反が疑われる。先般、非食用米として処分されたもののうち、新潟県農業試験場から売り渡されたものはこの種のコメであると考えられる。

 私は、試験用に栽培した作物は、もともと食用としての販売を意図して生産している訳ではないのだから、その収穫物は流通させない方が良いと思う。食べられない訳ではないので、みすみす捨てるのはもったいないと言う考え方はある。
 それはわかるのだが、明らかに無登録農薬を使っている試験場で生産した生産物なので、ドリフトや収穫物の混入で無登録農薬が検出されるリスクはそこそこ高いし、そうならないためには、農薬の散布や収穫物の管理、収穫に使う機器の扱いに相当の神経を使うし、それなりのコストもかかる。
 わずかな収穫物の売却益のために少なからぬ職員の労力を使うというのは、行政のムダと言うやつではないのか?

 コメやムギを例にとれば、だいたいそう言う案配だが、他の作物の場合は私にはわからない。

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