11/30の朝日新聞より。

ガラガラヘビ毒から「強力」鎮痛物質 富山大

 南米産のガラガラヘビの毒から、モルヒネの数百倍の鎮痛作用がある物質を抽出して合成することに、富山大和漢医薬学総合研究所の紺野勝弘准教授らが成功した。ラットの実験では効果が3日以上持続し、飲み薬の麻酔に使える可能性があるという。共同研究する製薬会社を探し、新薬の開発をめざす。

 ブラジルに生息するガラガラヘビは、運動神経をまひさせる猛毒で知られるが、かまれても激しい痛みを感じないという。ブラジルでは30年代に、毒を薄めて痛み止め薬として市販されていたという。

 紺野さんは、世界的な毒蛇の研究機関として知られるブラジルのブタンタン研究所や富山大で、ガラガラヘビの毒を分析。チームで、アミノ酸が14個つながった化合物が鎮痛物質と突き止めた。

 さらに、鎮痛効果を確かめるため、ラットの脚に重さをかけ、どれぐらい我慢できるか調べた。この物質を飲んだ群は飲まない群に比べ、ほぼ倍の重さの痛みに耐えることができた。その効果は、1回、飲ませただけで3〜5日続いた。モルヒネで同じ効果を出すには、その数百倍の量が必要なことも分かった。

 モルヒネは、使う量を増やさないと効き目が悪くなることがある。一方、このヘビの毒は量を増やさなくても同じ効果が続いたという。

 紺野さんは「飲み薬として使えれば、普及する可能性がある。痛みを抑える仕組みを解明して、薬作りにつなげたい」と話している。(佐藤久恵)

ペプチド医薬品は単価が高くなりがちなところが泣き所ですが、これは次の点で画期的な発見です(いずれ安く製造できるようになると良いのですが)。

  • アミノ酸が14個つながった単純な構造の化合物”であること。
  • 経口投与できること。注射しなくても良いので、ガン患者等のペインクリニックには向いているかもしれません。
  • 持続時間が長いこと。3-5日間効果が継続するということは、なかなか代謝されないということ。主成分がペプチドであれば、モルヒネなどのアルカロイドのように代謝する器官に負荷がかかることもないはず。

カルタヘナ法関係では、ガラガラヘビは実験分類クラス1ですので、認定宿主ベクター系であれば、拡散防止措置はP1レベルで十分です。毒素の毒性の強さによっては大臣確認が要りますが、後述の論文では、この毒素を使ってラットの経口投与試験をしているので、LD50が「体重一キログラム当たり百ナノグラムを超える」ことから大臣確認実験には該当しません(最大で25 μg/kg投与しています)。

もっとも、「毒を薄めて痛み止め薬として市販されていた」とありますので、鎮痛成分自体はもともとそう強い致死性の毒素ではないはずです。

ペプチドが経口投与で生理活性を発揮するというのは実は結構大変なことで、消化管で全く分解されないか、あまり分解されない、小腸の壁から吸収されて血流に乗る、しかも生理活性(この場合は鎮痛作用)を発揮する様な血中濃度が維持できること、など様々な関門があります。鎮痛作用といっても、局部麻酔のように局所的に末梢神経の刺激の伝達をブロックする場合と、中枢神経を抑制する場合があります。脳で作用する物質の場合は血液脳関門を透過しないといけないので、文字通りもう一つ関門があることになります。通常、opioid peptideはなかなか脳関門を通らないとされているので、脳に届いて作用するのであればそこも画期的です(・・・天然物なのに!)。

論文が出ているはずと思って調べてみたらこちら。鎮痛物質はcrotalphineと言うそうです。鎮痛ペプチド(-phine)らしい名前ですね。Abstractによると、
"This 14-amino-acid residue sequence is identical to the gamma-chain sequence of crotapotin, a non-toxic component of this snake venom."
とのことですので、毒性の心配は要らない様です。

一方、
"The amino acid sequence of this peptide, designated crotalphine, was determined by mass spectrometry and corroborated by solid-phase synthesis to be <EFSPENCQGESQPC, here <E is pyroglutamic acid and the two cysteine residues forming a disulfide bond."
とのことで、N末端側がピログルタミン酸になっているので、もし組換え生物に作らせるとしたら、相当の工夫が必要かも知れません(ピログルタミン酸はそのままではエドマン分解できないそうなので、構造決定の際にも厄介だったのではないでしょうか)。また、7番目と14番目のCystein残基がS-S結合しているようなので、そのあたりをきちんと分子内で結合させる制御が難しそうです。

なお、新聞記事の見出しでは”「強力」鎮痛物質”とありますが、強さで言えばイモガイの産生するコノトキシンの方が強いかも知れません。しかし、あまり作用が強いものはコントロールが難しくなってしまいます。また、コノトキシンは経口投与できないそうなので、その点でもcrotalphineの方が使い道によっては有利でしょう。

ちなみに、鎮痛作用はあまり強くはありませんが、ホウレンソウ由来のRubiscolin-6というものもあります。こちらも経口投与で作用が現れるのですが、鎮痛作用だけでなく記憶力改善にも効果があり、さらに抗不安効果もあるとのこと。構造は単純で、6アミノ酸残基(Tyr-Pro-Leu-Asp-Leu-Phe)で、修飾や分子内結合はありません。

ただし、こちらの論文では経口投与の場合の投与量が0.1g/kg体重なので、体重60kgのヒトであれば、このペプチドだけ6gも摂取しなければいけません。ご飯(白米)のタンパク質含有率は約2.5%ほど。粗タンパク量としては、ご飯を240g食べれば6gのタンパク質を摂取できますが、お米のタンパク質全量を組換えタンパク質に置き換えられる訳ではないので、技術的にはかなり難しいところです。

※ ですが、抗不安薬の成分を含んだ組換えイネというのは、社会的なコンセンサスを得るのは難しいように思います。モルヒネの受容体に作用するようなので、もし習慣性があると困るし・・・。でも、お米ってほぼ毎日食べてるような・・・いやいや、他の品種のお米だと食べた気がしない、というのではやはりいけない。
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