昨年7月のエントリーウミウシの一種”Elysia chlorotica”が餌にしている緑藻”Vaucheria litorea (C. Agardh)”の葉緑体を細胞内で共生させている話題を紹介した。その続編とも言うべき研究を、University of MaineのDr. RumphoらがPNASで発表している。

要するに、この特異なウミウシは餌の緑藻の核遺伝子の(少なくとも)一つを自分のゲノムに取り込んでおり、しかもその遺伝子から翻訳したタンパク質を細胞内に取り込んだ藻類の葉緑体に供給することで、長期間にわたって取り込んだ葉緑体を長持ちさせているのだ。

ちなみに、ウミウシは英語では"Sea slug"、直訳すると「海ナメクジ」という優雅ならざる呼び名を頂戴している。

遺伝子の水平移動と言う現象は微生物では良くあることなのだが、軟体動物で、しかも植物と動物の間で遺伝子が移動したという事例はこれが初めての発見では無いだろうか。

[植物の遺伝子についての知識があまりない方のための解説]

一般に植物の葉緑体には、葉緑体ゲノムと呼ばれる環状のDNA分子が存在しており、葉緑体を形作るタンパク質の遺伝情報は葉緑体ゲノムに保存されている。しかし、葉緑体の機能全体をまかなうのに必要なタンパク質全部の遺伝情報が葉緑体ゲノムに保存されている訳ではなく、遺伝情報が植物の核ゲノムに保存されているものもあり、それらは核で合成されるmRNAの情報に基づいて細胞質でタンパク質に合成され、葉緑体へと運ばれて行きそこで機能する。

[で、PNASに掲載された論文についてのメモ]

ウミウシの一種Elysia chloroticaは、餌としている緑藻Vaucheria litorea葉緑体を消化管上皮に共生させている。そこには緑藻の核ゲノムはないので、それらの葉緑体が数ヶ月に亘って機能を維持し続けている事実と、それに必要なタンパク質がどのように供給されているのかは謎である。

可能性としては、
1.緑藻の葉緑体が自律的に機能できるのか、あるいは
2.ウミウシから葉緑体機能の維持に必要なタンパク質を供給してもらっているか・・・の両方、あるいはそのどちらかが考えられる。

そこで、遺伝子の水平移動によってウミウシが緑藻の遺伝子を獲得してタンパク質を葉緑体に供給していると言う仮説に基づき検証を行った。まず、緑藻の葉緑体ゲノムを調べたが、その結果光合成に必要な遺伝子が一部欠けていることを確認した。次に、ウミウシの遺伝子発現を調べたところ、葉緑体の有酸素光合成に必要な緑藻の核遺伝子psbOウミウシの細胞で発現していることと、この遺伝子がウミウシの生殖系列の細胞のゲノムに含まれていることを示した。

ウミウシ由来のpsbO塩基配列は緑藻Vaucheria litoreapsbOのものと同一であったことから、餌であるVaucheria litorea由来である。この緑藻のpsbO遺伝子の3’側近傍の塩基配列ウミウシの相同な遺伝子の間では高度に多様であり、ウミウシミトコンドリアの遺伝子は含まれていなかった。[註:コンタミの可能性の排除という意味でのチェック]

  • supporting informationとして動画が2本付いています!なんだか科学論文も凄いことになってきています。軟体動物が苦手な人は見ない方がよいでしょう。S1, S2
  • かつては、特定の植物種の葉緑体ゲノムやミトコンドリアゲノム構造を決めること自体を目的として、論文になったものですが、この論文では葉緑体の細胞内共生の機構解明を目的に、緑藻の葉緑体ゲノムとミトコンドリアゲノムのシーケンスをやっちゃってます。なんだかすごい時代になったものです。
  • ところで、核ゲノムコードで葉緑体に供給されているタンパク質は恐らくpsbOだけではないので、全体像としてはどうなっているのだろうか?
  • このウミウシは進化の途上でVaucheria litoreaしか食べてこなかったのか?次はウミウシの全ゲノムの決定か?なんだか、マッドサイエンスな香りがします。
  • このElysia chloroticaとは近縁で無いウミウシでも藻類の葉緑体保有するものがいるようなので、そっちはどうなのだろう?
  • 取り込んだ葉緑体光合成をするのはわかった。で、どうやってこのウミウシ葉緑体光合成産物を頂戴しているのだろう?葉緑体から糖を取り出すのもそう簡単では無いと思うのだが。こっちも謎だ。

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