まず、美味しくなさそうなお米のニュース。
http://narc.naro.affrc.go.jp/inada/press/2008/press081210.html

実は、”美味しくなさそう”というのは炊いて食べる場合の話。麺で利用する場合はその限りではない。

デンプンには枝分かれ構造の異なる二種類の分子が含まれており、枝分かれが極少ないものをアミロース、枝分かれが多いものをアミロペクチンと呼んでいる。穀類のアミロース含有率は分光光度計を使って、ヨードデンプン反応を比色法で計測する場合が多い。この測定方法では、アミロースとアミロペクチンの比率が同じ場合でも、アミロペクチンの枝分かれの程度や脂質の混入程度によっても測定値が変動し、推計に誤差が生じることが知られており、ヨードデンプン反応によるアミロースの測定値は科学的には”見かけのアミロース含有率”(apparent amylose content)と呼ばれている。

イネのアミロース含有率は通常0-32%とされている(Nakagahra et al., 1986)。なかでも粳米では、インディカタイプの方がジャポニカタイプよりもアミロース含有率が多いことが知られている。典型的なジャポニカタイプの粳米のアミロース含量は13-17%程度(要出典)だが、インディカタイプでは20%以上のものも珍しくない。

多くの穀類でアミロース含有率は20%台であることを考えると、それと比べても”越のかおり”アミロース含有率33%というのはかなり高い。デンプン合成系の遺伝子に何らかの突然変異を持っていると考えるのが自然だ。

ちなみに、イネは登熟期に高温にさらされるとアミロース含有率が低下することが知られており、その原因はアミロースの伸長反応を行うGBSSI遺伝子の転写産物が減少することが関係していると考えられている(Yamakawa et al., 2007)。

インディカタイプとジャポニカタイプの粳米では、GBSSI遺伝子に由来するWaxyタンパク質の蓄積量が異なっており、その原因はジャポニカタイプのGBSSI構造遺伝子のスプライシング・サイトに生じた点突然変異に由来するmRNAのスプライシング効率の違いであることが確かめられている (Wnag et al., 1995; Cai et al., 1998; Hirano et al., 1998; Isshiki et al., 1998)。

一方、ジャポニカタイプのGBSSI遺伝子では低温によってスプライシングの効率が向上してGBSSI転写産物の蓄積量が増えることと(Larkin and Park 1999)、上記の高温登熟によるGBSSI遺伝子の転写産物の減少と併せて考えると、少なくともジャポニカタイプのGBSSI遺伝子を持つイネは登熟期間の温度によって、低温であればアミロース含有率が増加し、高温であれば逆に低下するため、結果として食味が不安定になりがちであると言える。
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結局、小難しい理屈を並べてきたが、そこから見えることは、日本のお米が”美味しい”のは、ジャポニカタイプのイネの気象に影響されがちなGBSSI遺伝子の微妙な遺伝子発現調節と、そこそこの効率でスプライシングが起きる日本の秋の気温との絶妙なバランスに支えられて成り立っているのだ、ということなのだ。

将来も”美味しい”お米を食べたければ、地球温暖化に耐えられるように、GBSSIの発現を登熟温度に左右されないように低水準に保つように制御する技術が必要ということだろう。遺伝子産物の量を微妙にコントロールする技術は今のところ確立していない。

もっとも、ヒトの感覚で”美味しい”という、あてにならないスタンダードを変えるという選択もあるのだが。
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コメの成分についてのOECDコンセンサスドキュメント(日本語版)
http://www.oecd.org/dataoecd/25/45/34643764.pdf

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