産業技術総合研究所の特許生物寄託センターの病原微生物管理について

10/17の朝日新聞、一面トップ記事だ。

一種のリスク報道の側面もある。しかし、各社の記事を読んでも具体的なリスクの範囲が特定できない。少なくとも、
産総研が職員に十分な教育訓練を行っていなかったことと、実験施設が病原菌を扱うのに十分ではなかったこと以外は。

実際に行われていたことは、国の機関と独立行政法人の内部統制の欠如と言って良いだろう。
朝日新聞が入手した内部文書による時系列に事実関係を並べると以下の通り。

  • 84年、88年、90年に2法人1個人から、「レベル3」の病原体、ブルセラ菌2株と鼻疽菌(びそきん)
    1株を寄託され保管した。
  • 01年の時点で、人に症状が出る危険性のある「レベル2」以上の病原体296株を受け入れていた。

とある。

なお、独立行政法人の設立は2001年4月。理事が置かれたのもその時期だ。2001年1−3月までは産総研は、
経済産業省産業技術総合研究所、それ以前は工業技術院という経済産業省あるいは通商産業省の一部であり、国の機関であった。この時期は、
独法職員も国家公務員であった。

従って、朝日新聞の言うところの”01年の時点”が4月か、それ以前かで”内規違反”に国の直接の関与があるものか、
独法単独の手落ちかは異なる。さらに言えば、84年から01年3月までの病原菌の寄託に関しては、
現在の独法としての産総研の内規のコントロールの及ぶ範囲でないことは明らかだ。

また、01年時点での病原体の保管については、何月の時点で”受け入れていた”のか、また、
新規の受入のことを言っているのか保管の事を言っているのか、記事の文面からは判断できない。
内規が制限しているものが新規の受入に限定しているのか、すでに保管しているものにも及ぶのかで、内規違反か否かの判断は分かれる。
産総研自身が瑕疵を認めている範囲が、これに関わっているかどうかもわからない。

この時期、


同センターの幹部の一人は01年にこうした事実を把握、産総研経産省特許庁などに対処を求めた。だが、
産総研はこの幹部に対し、外部に情報を漏らさないよう繰り返し求めた。

朝日新聞の報道にはあるが、仮にその時期の産総研が国の機関であれば、経産省に管理責任があるし、
独法化後であれば特許庁の委託事業に関わる問題なので、対応しなかった特許庁に瑕疵があることになる。

一方、病原性微生物の植え継ぎにあたった職員(臨時職員であれ常勤職員であれ)に対して、
その微生物がどのようなものかを教えていないのでは、病原微生物の取り扱いにふさわしい慎重な対応は望むべくもない。産総研は組織として、
職員に対して著しく不誠実な対応をしている事になる。当時、大学以外には病原性微生物の取り扱いに関するガイドラインは無かったであろうし、
当然規制法も存在しなかった。従って、従業員の健康上の安全確保は雇用者(国か独法)の責務である。

しかし、実際の所、感染性のある細菌を扱っていたのかどうかは、報道からはわからないし、新聞報道の言う”レベル3”
の細菌が本当にBSL3相当の菌株かもわからない。なぜならば、一村理事の発言には次のようにあるからだ。


「2年前に菌の一部を研究機関に預けていた。その菌を調査した結果、今年7月に3株とも危険性の低いレベル1との結果を得た」

細菌の場合、種のレベルでは”原則として”BSL3のものであっても、
菌株によっては非病原性のものや病原性の程度が比較的穏和なもある。例えば、
医療用に使われる結核菌や炭疽菌のワクチン株などがそうだ。しかし、「調査するまでの間、BSL1の菌株だと知らなかった」
のであれば、その細菌を十分な安全対策をとっていない実験室で、教育をしていない職員に、危険性を知らせずに扱わせていたのであれば、
やはり大いに問題のある行為だったと言わざるを得ない。

新聞報道では時折こんなふうに重要な情報がそぎ落とされてしまう。結局の所、
何らかの危険性(病原菌への感染や、内部統制に対するモラルハザード)があったのかどうか、
朝日新聞の記事を読んでもさっぱりわからなかった。

なお、読売新聞によれば、


また、レベル3とされた3株は、規制が厳しくなる、
今年6月の改正感染症予防法の施行前に処分されたが、外部機関の調査で、病原性の低い「レベル1」
の別のものだったことが確認されたとしている。

共同通信によれば、


3株は、その後の調査で実際には「レベル1」
の別の菌だったことが判明している。

とあるが、菌株がBSL3のものと違ったのか、
種が違ったのかもやっぱりわからない。

ところで、内規違反に関する記述についても、


 産業技術総合研究所特許生物寄託センター茨城県つくば市
が病原体18株を内規に違反して保管していた問題(共同通信

人に健康被害を及ぼす恐れのある病原体を内規に違反して培養していたこと
(読売新聞)

内規反し病原性微生物受け入れ=産総研・特許寄託センター(時事通信

人に健康被害が出るおそれのある病原体約300株を、
内規に違反して受け入れ(朝日新聞

と、ばらばら。乾燥してアンプルに入った状態の細菌を「受入」て保管庫で
「保管」するまでは一体の作業だろうが、「培養」となると話は違う。作業者の感染リスクも全く違う。本当は、何が内規違反で、
それに当たる菌株が幾つあったのだろうか(3,18,296、約300?)。何が何だかさっぱりわからない。
産総研が何か良くないことをしたらしいと新聞に叩かれたと言うこと以外は。

人気blogランキングへ←クリックしていただけますと筆者が喜びます!